御簾に手を差し入れ暴風夜の光君の「大胆行動」 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫④
「ですから申し上げましたのです、まだこんなに頑是(がんぜ)ないお年頃でいらっしゃいますと」 そう言って少納言は姫君をそっと光君のほうに押しやった。姫君はそこにおとなしく座りこむので、光君は御簾(みす)に手を差し入れてさぐってみる。姫君のやわらかな着物に、つややかな髪がふさふさと掛かっているのに手が触れる。驚くほどみごとな髪に思える。光君に手をつかまれた姫君は、知らない人がこんなふうに近寄ってくるのは気味悪く、おそろしく感じ、
「眠たいって言っているのに」 と逆らって逃げようとする。その隙に光君はするりと御簾の内側に入ってしまった。 ■「世にまたとないこの愛情」 「これからはおばあさまのかわりに私があなたをかわいがってあげる。そんなふうに嫌がらないで」 「まあ、嫌ですわ、あんまりでございます。何をお言い聞かせなさっても、その甲斐もございませんでしょうに」と、困り果てた様子の少納言に、 「いくらなんでもこんなに幼い人を、私がどうかするとでもお思いですか。どうか世にまたとないこの愛情を終わりまで見届けてください」と光君は言う。
霰(あられ)が降ってきて風も荒くなり、おそろしい夜になってきた。 「どうしてこんなに人も少ないところで、心細くお暮らしになっているのですか」と光君は泣き、とてもこのままにしてはいられないと見るや、「格子(こうし)を下ろしなさい。今夜はおそろしい夜になるから私が宿直人(とのいびと)になろう。みんな近くに来るがいい」と言い、しれっとした顔で御帳台(みちょうだい)の中にまで入ってしまう。これはとんでもないことになったと女房たちは茫然(ぼうぜん)としてその場に控えている。少納言は、たいへんなことになってしまったと気が気ではないけれど、声を荒らげて咎(とが)めるわけにもいかず、ため息をついて座っている。姫君は、いったい何が起きたのかと脅(おび)えて震え、いかにもうつくしい肌もぞくぞくと粟立(あわだ)つような様子なのを、光君はいとしくいじらしく思い、単衣(ひとえ)だけで姫君をすっぽりと包みこみ、これは確かに尋常ではない振る舞いだと自覚しながらも、心をこめてやさしく話しかける。