まるで「007」…凄腕のイギリス人エージェントが“ロシアのお尋ね者”を連れて数々の検問を突破した「華麗なる手口」
第一の関門へ
道に沿って立ち並ぶ木々が視界に入っては消えて行った。前方に最初のチェックポイントが見えた。ニックは背が高くがっしりとした迷彩服の男のそばでクルマを停めた。 「ハーイ、ハウ・アー・ユー?」 ニックは昔からの友人のように笑いかけた。 「マイ・ネーム・イズ・ニック。前線で取材をしていました。危険でした」 ニックは領土防衛隊の兵士に記者登録証を差し出した。この時、チェックしていた男はわたしに気づいた。わたしは頭をスーツケースの上に預けて目を閉じ、じっと寝たふりをしていた。 「パスポートを見せてください」 兵士が言った。 ニックは微笑みながらしゃべり続け、イギリスの青いパスポートを差し出した。 「あなたのパスポートは?」 兵士は厳しい目つきでわたしのほうを見た。 わたしはゆっくりと目を開け、バッグから黒いカバーをかけたロシアのパスポートを取り出すと、ドイツの人道ビザがあるページをさっと開いた。兵士はビザを見てから厳しい眼差しをわたしに向けた。わたしは兵士に微笑みかけ、気楽な感じでニックとおしゃべりを始めた。 チェックしている兵士はもう一度こちらをじっと見て、わたしたちのパスポートをニックに返した。 「それじゃ、お元気で。マイ・フレンド」 ニックは兵士に大きな声で言うと、アクセルを一気に踏み込んだ。
残るチェックポイントは8つ
「やったわね! うまくいった」 わたしはうれしくなって叫んだ。 「あの人はわたしのパスポートがロシアのだって気づかなかったのね。わたしをイギリス人だと思ったんだわ。国境までチェックポイントはあと8つ。うまくいくかしら?」 「もちろん、うまくいきますよ」 ニックが叫んだ。 「うまくいきますとも。突破しましょう」 チェックポイントごとにニックはひと芝居演じて見せた。イラクでの従軍の様子を兵士たちに手に取るように語ってみせるかと思えば、ガソリンはどこで手に入るのか、一番近い店はどうやったら見つけられるのかなどと尋ねた。 チェックする兵士たちは英語の話に必死で耳を傾け、多少ドギマギしながらブロークンな英語で道を教えてくれようとした。 パスポートのことは、その後誰も尋ねなかった。 「ニック、あなたは『オスカー』ものね」 最後のチェックポイントを通り抜けた時、わたしは大きく拍手した。 「あなたはわたしの命を救ってくれたわ。あとは国境を越えるだけ。万が一のために弁護士にメッセージを送って支援を頼んだわ。逮捕されたら、訊問はどのくらい続くと思う? モスクワで生放送の抗議をした時は14時間も訊問されたわ」 「そりゃあたいへんだ。ウクライナじゃあ、もっと早く解放してくれますよ」 『「ここは危険です」「何も言わずに車に乗って」…ロシアに追われ、ウクライナにも拒絶された女性ジャーナリストの「決死の逃避行」』へ続く
マリーナ・オフシャンニコワ
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