日銀はインフレ期待を何で測るのか?
5年物のBEIは現在1.44%程度である(図表)。物価の上振れが世界的に顕著となった一方で急速な円安が進んだ2022年春に、その水準は+0.5%程度から+1.0%程度へと一気に高まったが、その後は+1.0%~+1.5%のレンジで推移している。 足もとで5年BEIは上昇してきているが、日本銀行の物価目標である2%までにはなお距離がある。2022年春のように、物価上昇率の顕著な上振れや急速な円安などといった大きな環境変化がなければ、5年BEIが短期的に+2.0%に達するのは難しいだろう。 物価予想と実際の物価は相互依存関係にあるが、実際の物価が予想(期待)の水準に収れんしていくというメカニズムが存在する。そのため、中長期の予想物価上昇率は実際の物価上昇率の先行指標となる。 中長期の予想物価上昇率が+2%に達しても、実際の物価上昇率が+2%程度で安定する保証はないが、中長期の予想物価上昇率が+2%程度に達していなければ、実際の物価上昇率が+2%程度で安定することはないだろう。つまり+2%の中長期の予想物価上昇率は、+2%の物価目標達成の「必要条件」と言える。それが現在+1.4%程度にとどまっているということは、+2%の物価目標が達成されるかどうかはなお不確実、ということになる。
BEIはどの程度信頼できる指標か
他方で、5年BEIが、金融市場の中長期の予想物価上昇率を正確に反映する、信頼性の高い指標と言えるのかどうかについては、疑問が残る。 5年BEIは変動が激しい。2013年4月に日本銀行が量的・質的金融緩和を導入した際には、5年BEIは+1.4%程度と現在に近い水準にあった。その後、円安進行による物価上昇率の上振れを受けて、1年後の5年BEIは+2.4%程度にまで上昇したが、その後は低下し、2020年のコロナショックを受けてマイナスにまで落ち込んだ。 さらに、5年BEIは、2023年にも現在と同じ程度の水準まで上昇していたが、その時期は、ドル円レートが現在と同様に1ドル150円近傍と円安にあった時期と重なる。 円安が進めば、輸入物価が押し上げられるため、中長期の予想物価上昇率が上振れるのは自然なことではあるが、それだけでなく、円安になれば海外投資家にとって日本のインフレ連動債が自国通貨建てで割安になり、その購入が進むことで需給面から金利が下がり、それがBEIを押し上げるという面もあるのではないか。 インフレ連動債の市場は流動性が低く、そのため変動が激しい。さらに、需給面で海外投資家の影響を受ける傾向が強い。この点から、BEIの信頼性は概して低く、それを金融市場での中長期の予想物価上昇率を示す指標として利用することには相応にリスクがあると言えるだろう。 しかしながら、日本銀行がBEIを参照しているのであれば、その動向は追加利上げなど、先行きの金融政策決定に影響を与えることになるため、注視しておく必要がある。さらに、円安によってBEIが押し上げられる傾向があることから、円安進行が結果的に日本銀行の追加利上げを後押しすることになる、という点にも留意しておく必要があるだろう。 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英