物語、俳優、空間が絶妙に調和する傑作舞台『デカローグ』絶賛上演中 デカローグ5『ある殺人に関する物語』&デカローグ6『ある愛に関する物語』
ここで筆者が注目するのは、望遠鏡をめぐる演出である。トメクが向かいの棟に住むマグダを窓ごしに覗く際に使われ、果てはトメクがマグダの部屋に通された夜、こんどは同居する母親代わりのマリアまでが2人の痴態を覗くあの望遠鏡。アルフレッド・ヒッチコック監督の名作サスペンス「裏窓」(1954)を思い出さずにはいられない望遠鏡は、距離を無化して見る者/見られる者を対峙させる超映画的な装置である。ところが「デカローグ」舞台上演版の望遠鏡は、マグダの部屋の窓に向けられているという設定の名において、じつのところはわたしたち観客の方角に向けられている。演劇空間にはショット/リバースショット(切り返しショット)は成立しないという宿命をあからさまに開示しつつ、むしろその宿命を逆手にとって、第四の壁たる客席をバウンドさせることによってイマジナリーなショット/リバースショットを捏造せしめたのだ。このアクロバティックな視線の演出を経ることによって、ラストシーンにおける至近距離で向かい合うトメク/マグダの視線劇の緊張を、キェシロフスキ版とはまったく異なる方法で打ち出したのである。 マグダの部屋から去って自室に戻ったトメクが、ここでは詳細を控えるが、ある決定的な行為をするためにある部屋に入るのだが、そこはトメクとマリアの同居する棟ではなく、コーナーキューブ状の美術セット上の配置としてはマグダの部屋の真下に取り残された奇妙な空間――なにもないような、カーテンで遮蔽されたようなエンプティ空間――にしつらえられている。じつに奇妙な空間演出であり、決定的なできごとがマリアの足元で起こることによって、それは団地という場所の残留思念へと移り変わっていくことだろう。その意味で、この演劇作品の「真の主人公は団地の建物そのもの」であることには依然として変わりがないのである。小川絵梨子&上村聡史の両演出家が、人間と空間のありようをめぐって、来たるべきデカローグ7/8/9/10においてもどのようなさらなる深化を見せてくれるのか、楽しみが募る。 文=荻野 洋一 制作=キネマ旬報社
【『デカローグ5・6』[プログラムC]公演概要】 【公演期間】2024年5月18日(土)~6月2日(日) 【会場】新国立劇場 小劇場 【原作】クシシュトフ・キェシロフスキ、クシシュトフ・ピェシェヴィチ 【翻訳】久山宏一 【上演台本】須貝 英 【演出】小川絵梨子/上村聡史 デカローグ5 『ある殺人に関する物語』 演出:小川絵梨子 出演: 福崎那由他、渋谷謙人、寺十 吾 / 斉藤直樹、内田健介、名越志保、田中 亨、坂本慶介 / 亀田佳明 デカローグ6『ある愛に関する物語』 演出:上村聡史 出演:仙名彩世、田中 亨 / 寺十 吾、名越志保、斉藤直樹、内田健介 / 亀田佳明
キネマ旬報社