<南アフリカ>ケンの思い出 ── 高橋邦典フォト・ジャーナル
「こんちくしょう、そこどきやがれ!」 朝日に照らされた、オレンジ色の地面に横たわる屍体を広角レンズで撮ろうと近づいた時、突然後ろから罵声が飛んできた。 「写真が台無しになったじゃないか!」 1994年3月、南アフリカ史上初の全人種参加選挙を前に、政党間の暴力抗争は激烈化。毎日のように犠牲者が出るほどになっていた。僕に向かって声をあげたのは、南アフリカを代表するニュースカメラマンの一人、ケン・ウースターブロクだった。彼が望遠レンズで後ろから写真を撮っていたことに気づかずに、僕は彼のフレームに入り込んでしまったのだ。 その日、市内に戻ってからケンがすこし気まずそうに近づいてきた。 「さっきはすまなかったな。写真のことになるとつい熱くなっちまうんだ」 僕らは地面に腰をおろして少しばかり話をした。カメラマンになったいきさつを尋ねた僕に、彼は答えた。 「俺は白人に生まれたけど、 警官達が黒人達をぶん殴ったり蹴飛ばしたりしてるのをみて、この社会は腐ってる、って思うようになった。この国でおこってることをすべて見たかったんだ。カメラマンなら何処だっていけるし、タウンシップで何がおこってるか現実を伝えたかった」
これから一週間も経たないある日、突然の悲報が届いた。ケンの死の知らせだった。タウンシップでの銃撃戦を撮影中に撃たれたという。皮肉にも彼が食らった弾は、平和維持軍によるものだったらしい。妻と幼い娘を残し、ケンは32歳の短い人生を終えた。 僕の手元にはいまも、一枚の写真が残っている。一緒に撮影に出かけたときに、草むらで用をたすケンをふざけて撮ったものだ。 「こんなところを撮りやがって!」 こちらを振り向いたケンは、いまも笑い続けている。