木下優樹菜、アンチも味方に 11年前の目標、日本のヒラリー・ダフになれる?
「日本のヒラリー・ダフになりたい。女性の目標とされる女性になりたい」と語っていた11年前
何かと批判の対象になりやすい木下だが、今年もしっかり2位につけていることから考えると、芸能人としては何も話題にならないよりは、犯罪にでもならない限り多少ネガティブなことでも反響はあったほうがいい、ともいえそうだ。しかしそれもこれも、基本的にポジティブなファンあってのもの。たびたびSNSで炎上騒動が起きるものの、批判のコメントをはるかに上回る応援コメントが寄せられているわけで、その基本的な人気があった上で、ネガティブな反響でも反響はあったほうがいい、と初めていえる。 木下を初めて取材したのが、2006年の11月13日。ちょうど11年ほど前のことで、2007三愛水着キャンペーンガールに選ばれ、そのお披露目のタイミングだった。当時は、木下が、高橋愛や紺野あさ美、小川麻琴、新垣里沙といったモーニング娘。5期メンバーを選出したオーディション(2001年)で最終選考まで残った過去を持つことも話題になっていた。木下は目標とする芸能人として、ヒラリー・ダフをあげた。 「マルチな活動をしているので、日本のヒラリー・ダフになりたい。女性の目標とされる女性になりたいです」と理由を説明するとともに、「8年間バスケで培った負けず嫌いの精神を生かしてがんばっていきたい」と力強いコメントをしていた。 その後、「クイズ!ヘキサゴンII」(フジテレビ系)で“おバカキャラ”として一躍ブレーク、バラエティー番組に引っ張りだことなった。また、ファッションのアイコンとしても若い女性たちの憧れの存在に。そして今では結婚して家庭を築き、順調にキャリアを重ねている。 ヒラリー・ダフはティーンの頃は体重が44kg台だったこともあるほどスレンダーだったが、母親になってからはやや肉付きがよくなってしまった。しかし、この夏に子どもを抱いて水着で海に向かって立つ堂々とした後ろ姿をインスタグラムにアップ。最近プロポーションが崩れてきたことに批判的なコメントが寄せられていたが、「若い女の子、女性たち、すべての年代の母親たちのため、この写真をアップするわ」と宣言。「9月には30歳になります。健康だし、行くべきところにも行ける。女性の皆さん、自分の体にプライドを持ちましょう。違うボディが欲しい、もっと良いボディ、欠点のない体が欲しい。そんな風に思って貴重な時間を無駄にするのは止めましょう」と呼びかけ、批判コメントに対して“kiss my ass(消え失せろ、くだらないこと言ってるんじゃない、といった意)”のハッシュタグ付きで真っ向から戦っている。 木下が日本のヒラリー・ダフになれるかどうか、これからが勝負だ。 (文・写真:志和浩司)