米国大統領で争点となる移民急増の光と影
移民の流入は米国の年齢構成を若返えらせる
米国では、新型コロナウイルス問題がピークを超えて以降、移民の流入が加速している。これは、金融引き締めが大幅に進む下でも、労働供給拡大と消費需要拡大の需給両面から米国経済の堅調を支える要因の一つとなってきた。また、移民の労働供給拡大は賃金の上昇を抑え、インフレ率の低下にも貢献してきた面がある。 米議会予算局(CBO)の推計では、2020年末以降に900万人以上が合法的または非合法的に米国に移住した(純移民増加数)。移民の流入により、米国の人口増加率は現在年間約1.2%となり、1990年代初頭以降で最高水準に達している。仮に移民の流入がなければ、出生率の低下により人口増加率は年0.2%にとどまった計算だ。米国経済の成長は、移民の流入に強く依存している面が強い。 CBOが「合法的永住者」と見なすのは全体の30%弱に当たる260万人だ。それ以外の移民の大半は、事前の許可なしに南部の国境を越えたうえで、米国境警備当局に出頭して難民申請をした人たちである。裁判が行われるまでに数年かかることもある。それまでの間は、政府が提供するシェルターなどで待つ。大半の移民はその間に働いている。 ウォールストリート・ジャーナル紙によると、最近の移民は米国人よりも平均年齢が低く、生産年齢に当たる人の割合が多い。2020年以降の移民のうち、16歳から64歳までの生産年齢層が78%を占めている。これは米国生まれの米国人の60%を大きく上回っている。そして、国勢調査によると、2004年から19年の間に到着した移民の労働参加率(雇用者+失業者/生産年齢人口)は73%に上る。 移民の流入は、米国の年齢構成を若返らせ、労働供給を拡大させ、現役で働く世代と退職者世代のバランスを改善させる。経済的には大きなメリットを米国にもたらしているのがこの移民の流入だ。
移民流入が米国経済の強みから弱みに転じる可能性も
しかし先進国全体を見渡すと、移民の増加は大きな政治問題、選挙の争点となっている。移民が雇用を奪い、賃金を押し下げるという懸念、治安に与える影響などへの懸念が背景にある。これは米国でも同様であり、移民政策は11月の米国大統領選挙の大きな争点の一つとなっている。 民主党は、国境警備を強化して亡命制度の改革を進める一方、合法移民については受け入れを拡大することを公約にしている。他方で共和党のトランプ大統領候補は、メキシコ国境における亡命を制限し、米国史上最大の強制送還に乗り出す、州兵や、必要であれば連邦軍を動員する、移民から生まれた子どもが自動的に市民権を得られる制度を廃止する、イスラム教徒が多数を占める国からの入国を制限する措置を再導入する、などの公約を掲げている。 仮にトランプ氏が大統領に再選されれば、移民の流入は急減し、米国経済の堅調を支えてきた要因の一つが失われる可能性があるだろう。 ただし、今後米国経済が顕著に減速する場合、米国人よりも労働生産年齢、労働参加率の高い移民の流入は、労働供給の過剰を促し、賃金を一段と低下させる可能性があるだろう。経済環境次第では、米国経済の強い追い風であり、他国と比べての強みである移民の流入が、米国経済の悪化を加速させる弱点へと転じてしまう可能性もあるだろう。 (参考資料) "How Immigration Remade the U.S. Labor Force(米で移民急増、変わりゆく労働市場)", Wall Street Journal, September 6, 2024 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英