元代表取締役、退職後に“新代表からの相談”に乗っていて…税務署から指摘される「役員退職」の注意点【税理士が解説】
裁判所が採用した証拠 (1)代表取締役交代の挨拶状、更正の請求の審査担当者が作成したXの関与税理士に対する質問応答記録書、異議調査(更正をすべき理由がない旨の通知処分に対する異議申立てに係る調査)担当者が作成したBに対する質問応答記録書等 3 Aは、代表者会議に引き続き出席し、営業会議及び合同会議には出席しなくなったものの、議事録の回付により報告を受けて確認した上で「相談役」欄に押印していたほか、 10万円を超える支出について必要となる決裁のための稟議書についても、原則としてBが決裁欄に押印した後に「相談役」欄に押印をしており、Bも、稟議書の決裁欄に押印するに当たっては、必要に応じてAに相談をし、その助言を得ていた。 このように、Aは、Bに対し助言や指導を行う等、経営上の重要な情報に接するとともに個別案件の経営判断にも影響を及ぼし得る地位にあったと認められる。 (2)代表者会議等の議事録、Xの組織図、更正の請求の審査担当者が作成したBに対する調査報告書等 4 Aは、代表取締役退任後もXの資金繰りに関する窓口役を務め、取引銀行から実権を有する役員と認識されていたほか、Xの親会社からXに対し資金調達に関する要求があった際には、Bから相談を受け、Xと親会社との間の利害を調整するなど、資金繰りにも深く関与していたものと認められる。 また、Aは、営業部長当時と同様に営業活動による外出のため不在にすることの多いBに代わって来客への応対を行う等、対外的な関係においても経営上主要な地位を占めていたと認められる。 (3)異議調査担当者が作成したXの取引先及びBに対する質問応答記録書等 5 Aの月額報酬は、減額後もBの月額報酬と遜色のないことや、Aが代表取締役退任後も引き続き経営判断に関与してBへの指導や助言を続けていたこと等に照らすと、両者の月額報酬は、Aが引き続き経営判断への関与及びBへの指導や助言を続けていくことを前提として定められたとみるのが相当であり、代表取締役退任後もなおAが経営上主要な地位を占めていたことと別段齟齬するものではない。 (4)取締役会議事録、税務調査担当者が作成したAに対する調査報告書、異議調査担当者が作成したBに対する質問応答記録書等 6 Bが、Aの指示や意見によらず、自らの判断で決定を行ったとするメインバンクの変更や、実績管理、人事評価等については、一部の限られた範囲の事柄にとどまり、経営上の重要事項の全般にわたるものではないこと等に照らすと、Aが、代表取締役退任後も、引き続き相談役として経営判断に関与してBへの指導や助言を続け、対内的にも対外的にも経営上主要な地位を占めていたとの評価と別段齟齬するものではない。 (5)営業の管理資料、更正の請求の審査担当者が作成したBに対する調査報告書等 7 本件金員が法人税法34条1項括弧書き所定の「退職給与」に該当するか否かは、本件金員の支払債務が確定した月を基準として判断すべきものと解するのが相当であり、また、法人税法が期間税としての性格を有しており、事業年度終了の時に法人税の納税義務が成立するとしても、そのことをもって、同項括弧書き所定の「退職給与」の該当性を本件金員の支払債務の確定した月を基準として判断すべきことが左右されるものではない。 退職後は、経営から完全に手を引く必要がある (国税訟務官室からのコメント) 1 法人税基本通達9-2-32は、役員の分掌変更又は改選による再任等に際して、法人の役員が実質的に退職したと同様の事情にあるものと認められ、その分掌変更等の時に支給された金員を退職給与として取り扱うことができる場合についてその例示等を定めたものである。 その例示として、「分掌変更等の後におけるその役員(その分掌変更等の後においてもその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く。)の給与が激減(おおむね50%以上の減少)したこと」などが定められているが、仮に本例示の給与の基準を形式的に満たしていたとしても、他の事情をも併せ勘案すると、役員としての地位又は職務の内容が激変して実質的に退職したと同様の事情があると認められない場合には、分掌変更等に際して支給された金員については退職給与として取り扱うことはできない。 2 本件において、Aの分掌変更後の月額報酬は、分掌変更前の月額報酬の約3分の1に激減しているところ、Aの分掌変更について、実質的に退職したと同様の事情にあったと認められるか否かについては、分掌変更後も、Aは法人の経営上主要な地位を占めていると認められるか否かが判断のポイントとなった。なお、Bは、役員の経験がなく、営業以外の業務を担当しないまま代表取締役に就任したという特殊な事情があった。(※下線筆者) 3 本件において、Xは、Aが代表取締役退任後も相談役として勤務していたのは、Bに対する引継ぎを行っていたにすぎず、Aの給与が激減し、実質的に退職したと同様の事情にあったと認められると主張した。 これに対し、国側は、Bは代表取締役就任後、単独で経営全般について判断し実行する知識や経験を有していなかったため、あらゆる場面でAの助言、提案等を必要としており、Aは、法人の経営上主要な地位を占め、実質的に退職したと同様の事情にあったとは認められないと主張した。(※下線筆者) 裁判所は、AがBに対して経営の指導と助言を行い、代表取締役退任後も引き続き相談役として経営判断に関与しており、実質的に退職したと同様の事情にあったとは認められないとして、国側の主張を全面的に認め、Xの主張を退けた。 4 本判決は、事例判決であり、本件の事実関係を前提として、Aには実質的に退職したと同様の事情にあったとは認められないと判断された判決であるが、裁判所による判断の形成過程は、税務調査においても参考になると思われる。 税務調査時の「発言」にも要注意 5 また、本件は、前記「事件の概要」に記載のとおり、Yの税務調査に基づいて、Xが一旦は修正申告書を提出したものの、その後、更正の請求を行った事案である。 税務調査の際、A及びBは、Aが代表取締役退任後も退任前と同様の業務を行っている旨の供述をしていたが、Xによる修正申告書提出後、その供述を翻し、代表取締役退任に伴いAの職務の内容が激変し、Aには実質的に退職したと同様の事情にあったと供述した。 国側は、本訴において、税務調査の際に調査担当者が収集した証拠(Aに対し、代表取締役退任後の勤務状況等を聴取し、調査報告書として証拠化したもの)に加えて、更正の請求の審査担当者及び異議調査担当者が収集した証拠(Xの役員、取引先の担当者及び関与税理士等に対し、Aの代表取締役退任後の勤務状況等を聴取し、質問応答記録書等として証拠化したもの)を提出したところ、前記「裁判所の判断等」に記載のとおり、それが裁判所に採用され、客観的な事実関係として、Aには実質的に退職したと同様の事情にあったとは認められないと判断されたものである。 伊藤 俊一 税理士
伊藤 俊一