「バイデンvs.トランプ」の大統領選を控えるアメリカで進む「ディープフェイク対策」…日本でも求められる「選挙管理委員会」の備え
深刻化する選挙戦でのディープフェイク悪用
2023年9月30日、中欧スロバキアで行われた議会選挙において、反米・親露派のロベルト・フィツォという政治家が当選した。彼は中道左派政党「スメル・社会民主党」の党首で、スロバキアの元首相だったのだが、2018年にスキャンダルで辞任。しかしこの選挙に勝ったことで、見事に首相復帰を果たしている。 実はその数日前、スロバキアのリベラル政党「進歩スロバキア党」のミハル・シメチカ党首と、モニカ・トドヴァという新聞記者の2人の音声とされるコンテンツがネットで拡散されていた。その内容は、シメチカ党首が不正選挙を行ったことをトドヴァ記者に告白しているというもの。後にそれは、ディープフェイク技術を使った真っ赤な偽物ということが判明するのだが、時すでに遅し。進歩スロバキア党は選挙前の事前調査で高い支持を得ていたにもかかわらず、同党を中心とした親EU派は選挙に敗北し、フィツォの首相復帰を許す結果となった。 このディープフェイクが誰によって作成されたのか、何を意図して拡散されたのかは分かっていない。しかしWIRED誌の取材によれば、この選挙で投票が行われる前、EUのデジタル担当責任者を務めるヴェラ・ヨロバという人物が、スロバキアの選挙は「ロシアが選挙介入に利用する、数百万ユーロ規模の大衆操作兵器に対して、欧州の選挙がいかに脆弱かを示すテストケースになるだろう」と述べていたとのこと。実際に事前の劣勢を跳ね返して親露派が勝利したことで、この懸念を裏付けるような結果となっている。
ディープフェイクは「倫理的」なのか
「ディープフェイク選挙」が現実のものとなっているのは、欧州だけではない。インドではさらに事態が深刻化している。 インドではいま総選挙の真っただ中であり、激しい選挙戦が繰り広げられている。そこではディープフェイクが武器のひとつとして認知されており、たとえば4月には、インド映画の人気俳優2人が現職のモディ首相を批判するというフェイク動画が拡散された。 ロイターの報道によれば、これはアーミル・カーン、ランヴェール・シンという俳優の映像をディープフェイクで生成したもので、彼らが「モディは選挙公約を守らず、2期にわたる首相在任中に重要な経済問題に対処できなかった」と語る内容となっている。あろうことか、野党INC(インド国民会議)で報道官を務めるスジャータ・ポールは、この動画をフェイクと知りつつX上でシェアし、投稿から4日間でおよそ44万回再生されたそうだ。 ボリウッド俳優アーミル・カーンの姿に似せたディープフェイク動画 またインドの5大英字新聞のひとつであるザ・ヒンドゥーは、対立候補を批判したり、陥れたりするためではなく、特定の候補者や政党の印象を良くするためにディープフェイクが活用される事例を紹介している。それによると、こうした事例はディープフェイクの「倫理的な」利用だと評されおり、確かにスピーチの翻訳(インドは憲法で22の指定言語が定められいるほど、国内で無数の言語が使われているため、翻訳のニーズが高い)やチャットボットによる有権者との対話など、比較的許容される可能性の高い内容が含まれている。 しかし既に亡くなっている党指導者の声や姿をディープフェイクで再現し、選挙戦での応援スピーチをさせるという事例もあるそうだ。そこまでくると、むしろ「倫理的」とは呼べないのではという反応も出てくるだろう。 こうした事態を受けてインド選挙管理委員会は、今年5月、同国内の各政党に対して、現在使用しているディープフェイク動画を直ちに削除するよう指示すると共に、ディープフェイクを悪用して情報を歪曲することのないよう警告するまでに至っている。