大雨の中、単独登山中に姿を消した女性 涙ながらに「今すぐ母の元へ行きたい!」と訴える息子に捜索隊がかけた言葉は
帰る人を一緒に待つ
現地で捜索を見守っている家族は、気を紛らわせることも難しい。Yさんのご家族が現地に到着してからすでに10日以上が経っていた。彼らの疲労もピークに達しようとしていた。 翌朝4時、我々捜索隊は、管轄警察と山梨県側の登山口で待ち合わせをした。埼玉県側から入って沢を越えて発見現場に行くよりも、山梨県側から向かった方が安全で早いという判断だった。 待ち合わせ場所の近くには、Yさんのご家族が滞在する民宿がある。早朝から警察車両が山に到着し、その物々しい雰囲気から、ご家族はすでに事態を察していた。 警察の山岳救助隊が、Yさんらしいご遺体が見つかったこと、これから救助に向かうこと、現場から戻るのは明日になるかもしれないことを説明する。 「今すぐに母の元へ行きたい! 連れて行ってください!」 涙を流しながら訴えていたのは、Yさんの三男だった。そんな彼に、地元消防団の団長が言葉をかける。 「お母さんの元へ行きたい気持ちはよく分かる。けど現場までは足場も悪く、君を危険な目に遭わせたくない。お父さんをこれ以上悲しませてはいけない。辛いけど、ここは警察に任せてお母さんが帰ってくるのを待とう。自分もここで一緒に待つから……」 こんなにも自分に真剣に向き合ってくれる人、私にはいるだろうか……。 いや、私は救助を待つご家族に、どのくらい真剣に向き合えているだろうか。 Yさんのことを知りたいと思い、色々と話は伺っていたものの、ご家族の不安にもちゃんと寄り添えていたと胸を張って言えるだろうか。 そこから、私の人生で最も長い一日が始まった。 私は、ご家族と共にYさんの帰りを待つことにした。 この日、都心では猛暑を記録していたが、標高の高いこの地は涼しく過ごしやすかった。しかし、ご家族はやはり気持ちが落ち着かず、息子さんのひとりは、横になったかと思うと、すぐに起き上がり……ということを数回繰り返していた。 民宿の方が、お昼に素麺を提供してくださった。 Yさんのご家族は、みんな、ひと口ふた口だけ食べて、箸を置く。 少しでも元気づけようと、地元消防団の団長が「麺つゆに生卵を割って入れて食べると、おいしいですよ」と教えてくれた。今でも素麺を食べる時には、この時の情景を思い出す。 前日から、私たち捜索隊の隊長と、隊員1名が山小屋に泊まっていた。そのため、この日に入山した警察よりも一足早く現場に赴くことができ、現場周辺の風景などの写真を撮って、下山してきた。その中の1枚にリュックが写っていた。息子さんのひとりがそれを見て、こう言った。 「このお守りは、お母さんのだ」 お守りがご家族のもとに導いてくれたのだろうか。 翌日、Yさんは管轄警察のヘリコプターと搬送車を乗り継ぎ、警察署へ移送された後、ご自宅に戻られた。 ※『「おかえり」と言える、その日まで―山岳遭難捜索の現場から―』より一部抜粋・再構成。
デイリー新潮編集部
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