明治新政府がやったのはフランスの猿真似だった…国宝級の名城を次々と処分した「維新の三傑」の浅学さ
■こうして国宝松江城は残った 保存に向けての契機は、明治23年(1890)、陸軍省にとって不要となった全国19の城址が、旧藩主や自治体に払い下げられたことだった。4500円で松江城の払い下げを受けた旧藩主の松平家は、城山事務所を開設して城址を千鳥遊園として開放することを決め、園丁とともに天守の看取を置いた。 県知事も松江城天守閣旧観維持会を組織し、募金などをはじめ、荒廃した天守の修理に向けた準備が進められることになった。そんな折、明治25年(1892)夏の集中豪雨で、損壊が進んでいた天守はさらに甚大なダメージを被(こうむ)り、翌明治26年6月から11月にかけて大修理が実施された。 廃藩置県から約20年を経て、松江城天守はようやく保存に向けて歩みはじめたのだが、気になるのは、保存への経緯が確認できる史料がほとんど新聞で、官側の記録が乏しいことである。要するに、「お上」は相変わらず、城をどうでもいい対象と見做(みな)し、記録をとっていなかったものと思われる。 同じ理由で、全国の多くの城郭に関し、どのような経緯で建物の払い下げが決められ、実行されたのか、確認するのは困難だ。記憶にとどめておくべき「廃藩置県」の負の側面である。 ---------- 香原 斗志(かはら・とし) 歴史評論家、音楽評論家 神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。 ----------
歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志