「ストリートライブ1000回」が目標の女子高生だった川嶋あい。全国各地の卒業式でのサプライズライブがくれたもの「宮城県石巻市の中学校では…」
『旅立ちの日に…』は中学の卒業式直後につくった曲
――川嶋あいと名乗れないことに加えて、世間から急に注目されることのストレスはありましたか? あまりメディア露出はしないで活動していたので、特にそういったことはなかったです。学生ボランティアの人たちと立ち上げた事務所で本格的に音楽活動を始めたのですが、立ち上げメンバーは音楽業界が右も左もわからない素人集団。当時は本当に手探りでの活動だったため、「注目されてしんどい」と感じる余裕すらなかったです。 ――信頼できる仲間が周りにいたからこそ、余計なプレッシャーやストレスを感じずに活動できたのかもしれません。 そうですね。むしろ今のほうがプレッシャーを強く感じています。昨年20周年を迎え、それなりにキャリアがある立場になり、「しっかり音楽と向き合っていかなければ」という気持ちを強く持つようになりました。 ――代表曲でもある『旅立ちの日に…』ですが、この曲は『明日への扉』をリアレンジした楽曲らしいだったんですね。 もともとストリートライブで『旅立ちの日に…』を歌っていたとき、「その曲のメロディで『あいのり』の主題歌としての歌詞を書き下ろしてほしい」という依頼を受けて『明日への扉』が生まれました。リアレンジではありますが、時期的には『旅立ちの日に…』のほうが誕生は早いです。 ――デビュー前のかなり若いころに制作された楽曲ということになりますが、どんな経緯で誕生したのでしょうか? 中学3年生のときに、地元で過ごした学校生活を思い返しながら制作した楽曲です。完成したのは中学の卒業式を終えてすぐ後だったと思います。 ――まさにご自身が卒業生だったときに制作した曲だからこそ、伝わるものがあると思います。川嶋さんは毎年サプライズライブを全国の学校の卒業式で実施されていますが、これまでのライブを振り返っていかがですか? 18歳のときから始めましたが、当時は同世代の人たちの前で歌うことになるので、自分も卒業して新たに羽ばたいていくような、晴れやかだけれども切なさが残る。そんな気持ちで歌っていました。 ――年齢を重ねると歌への気持ちも変化しそうですね。 20代からは年下の人たちに「自分の歌を届けよう」という気持ちになって歌うようになり、歌いながら懐かしさを感じることも増えました。