江川卓の作新学院に4戦全敗 「勝つためには何でもする」と銚子商が「打倒・江川」に燃えた雨中決戦
ちなみに、青野は"江川キラー"として全国のその名を轟かせていた。この試合でも5打数3安打と大当たりで、通算でも14打数8安打。青野が江川との対戦を振り返る。 「不思議と相性がよかったですね。なぜ打てたかはわからないです。ただ、気持ちで負けたことはありませんでした。江川はテイクバックが小さいから、余計に速く感じました。バッターってピッチャーのテイクバックでタイミングをとりますから。これまで多くの投手と対戦してきましたが、江川よりも速いピッチャーは見たことがありません」 この絶好の得点機に、打席には7番の磯村政司が入った。 「監督に呼ばれたので、自ら『スクイズですよね?』って聞くと、『バカヤロー! ここは絶対にスクイズじゃない。強気でいくぞ!』って言うんです。なんであの時、スクイズのサインじゃなかったのか聞いてみたかったですね」 結局、磯村はインコースの真っすぐを打って、どん詰まりのサードフライに打ちとられた。 銚子商の斉藤一之は「猛練習は技術の鍛錬と精神的修養をするもの」だと信じてやまないスパルタ監督だった。それでも、ただ闇雲に根性野球を標榜するのではなく、今でいう先乗りスコアラーを2、3人送り込み、対戦相手を分析する緻密さも兼ね備えていた。 試合当日は、対戦相手のデータを書いた黒板ほどの大きさの模造紙をベンチに貼るなど、どこよりも早くデータを取り入れていた。ほかにも、エンドランのサインが出ても「ランナーのスタートがよかったらバッターは振るな」と、高度なプレーも平気で要求した。勝つためには何でもする。これが斉藤の流儀である。 「柳川商はバスター打法で江川を追い詰めたが、あれでは勝てん。結局、小細工は通用せん。力には力だ!」 江川を力で倒す──斉藤にとって、何よりものモチベーションになっていた。
【誰もがサヨナラと思ったが...】 一方で、キャッチャーの木川は斉藤から執拗な指示を受けていた。 「江川を打たせるとピッチングも乗ってくるので、『とにかく抑えろ』と言われました。キャッチャー目線で言うと、江川がピッチングよりもバッティングのほうが好きだったんじゃないかと思います。遠くへ飛ばす技術がありましたし。江川は重量のあるルイスビルと、軽いISHIIのバットを2本持っているんです。2本のバットの特性は、練習試合の時にわかりました。大きいのを狙う時はISHIIのバット、ミート中心の時はルイスビル。バットを見ると、その打席の江川の狙いがわかりました。だからISHIIのバットの時は、インコースでカウントを稼いで、体が開いてきたらアウトコースで勝負」 この試合、銚子バッテリーは江川と5度対戦して、ふたつの四球を出したが無安打に抑えている。 試合は0対0のまま延長に入った。10回裏の銚子商の攻撃。雨は止むどころか激しさを増し、グラウンドには水溜りができていた。 この回先頭の7番・磯村が三塁打を放ち、無死三塁とサヨナラのチャンスをつくる。それでも江川は表情を変えることなく、次打者の土屋正勝を三振。9番打者を歩かせ一死一、三塁となり、打席には1番の宮内。ここで銚子商はスクイズを仕掛けるも、作新バッテリーが見破り、三塁ランナーが挟まれアウト。 ピンチを脱したかに見えたが、宮内が四球で歩き、二死一、二塁。ここで2番・長谷川泰之の打球は一、二塁間を破り、ライトの和田幸一がファンブル。二塁走者の多部田英樹がホームに突っ込み、誰もがサヨナラと思った瞬間......キャッチャーの亀岡(旧姓・小倉)偉民の猛ブロックでタッチアウト。 「ランナーが球を見ずに私をめがけて走ってきたから、ベースの手前でボールが来たように擬似捕球の態勢に入ったんです。左ヒザ付近にヘッドスライディングしてきたんですけど、まだこの時ボールは来ていません。主審の方が回り込んだ時にやっとボールが来て、アウトになったんです」(亀岡)