相模原女性遺体遺棄事件で“元交際相手”に「3回目の有罪判決」…“冤罪”を防ぐための「法の仕組み」は“正しく”機能したか?【弁護士解説】
訴因変更が許容されるための「基準」とは
岡本弁護士は、訴因変更は「なんでも認められるわけではない」と説明する。その理由として、「被告人に不利にはたらく面があるから」ということを挙げる。 岡本弁護士:「訴因を特定すること自体は、被告人の防御のためといえます。そして、もともとの訴因と異なる事実が証拠から浮かび上がってきた場合に、裁判所が勝手にその事実を認定していいとなれば、そもそも訴因を設定する意味がありません。 したがって、新たな審理対象を定めるという意味で、やむを得ないこととして『訴因変更』の制度がおかれています。 とはいえ、訴因についての立証ができていない以上、本来は無罪判決が宣告されるべきなので、訴因変更は『別の事実で有罪判決を宣告するための制度』ともいえます。 その意味で、被告人に不利な制度という側面があります。 たとえば、極端な例ですが『Aさん宅への窃盗』の訴因から『Bさんに対する傷害』の訴因に変更するのは、被告人の防御の不利益があまりに大きすぎます。 だからこそ、訴因変更が認められる範囲に制限が設けられているのです」 では、訴因変更は、どのような基準をみたせば認められるのか。 岡本弁護士:「訴因変更は『公訴事実の同一性』の範囲に限り認められます(刑事訴訟法312条1項参照)。 『公訴事実の同一性』の解釈についてはさまざまな学説がありますが、判例・実務上は、両訴因の事実が『両立しない場合』を意味すると考えられています。『A訴因が成り立たないならば、B訴因が成り立つ』という密接な関係がある場合です。 本件では、『睡眠薬で眠らせ、頸部圧迫により死亡させた』ことと、『睡眠薬を服用させ、薬物中毒または頸部の圧迫による窒息により死亡させた』ことは、事実として両立しません。 したがって、『公訴事実の同一性』をみたすので、訴因変更が認められます」
検察官・裁判所が“失策”を犯せば「被告人の防御の利益」が形骸化する危険性も
最後に、岡本弁護士は、裁判員裁判における「公判前整理手続」の機能ないしは「訴因」の機能が形骸化するリスクについて懸念を示した。 岡本弁護士:「本件訴訟については、前述したように、法律の素人である裁判員が参加するので、旧一審の審理前に裁判所が関与する『公判前整理手続』が行われました。 それが事実上、無駄になってしまったのは、有限な司法サービスの浪費という観点からも、被告人の防御の利益という観点からも、大きな問題です。 私は直接証拠を見ることができないので、有罪判決が正しいかどうかを論じることはしません。しかし、『公判前整理手続』によって、『頸部圧迫により死亡させた』ことが訴因となった以上、旧控訴審が『薬物中毒によって被害者の方が亡くなった可能性が否定できない』と判断したのであれば、単に旧控訴審において無罪判決を宣告すべきだったようにも考えられます。 たしかに、被告人が、危険な薬物を摂取させることによって被害者を死亡させたのであれば、旧控訴審が無罪判決を宣告した場合、検察官が訴因の設定を誤ったせいで、犯人に対する刑罰を科すことができなくなってしまいます。 しかし、裁判で審理対象となっている訴因に対して適切な防御が行われ、有罪判決を宣告することはできないと認定されたにもかかわらず、『訴因を変更すれば有罪判決を下すことができる』として裁判をやり直すことが無制限に許容されるのであれば、被告人の防御のために訴因の制度が設けられている意味がありません。 裁判所も検察も、訴因制度の機能と重要性を、これまで以上に意識し、争点の整理を慎重かつ的確に行うことが求められます」 昨今、「冤罪」「違法捜査」などが次々と明るみになり、捜査機関・刑事司法制度への信頼が揺らいでいる。刑事裁判に関わる者にとっての大原則とされる言葉の一つに「十人の真犯人を逃すとも 一人の無辜(むこ(※))を罰するなかれ」というものがある。刑事訴訟法が被告人の利益を守るために設けている諸々の手続きは、冤罪を防ぐためのシステムとして厳格に守られなければならない。本件は、そのことを改めて認識させるものだといえる。 ※無辜:罪のない人
弁護士JP編集部