〈なぜ働いていると本が読めなくなるのか〉「自分が決めたことだから、失敗しても自分の責任だ」社会のルールに疑問を持つことができない新自由主義の本質とは
新自由主義とは何か
また「行動重視」以外にも、『人生の勝算』は興味深い価値観を提示している。それは著者の前田が「自分の人生のコンパスを自分で決め、努力する」ことを繰り返し説いている点である。自己決定権こそが大切だということだ。 つまり、新自由主義的思想を前田はとにかく忠実に内面化している。ここで新自由主義(ネオリベラリズム)について簡単にまとめておこう。 新自由主義的社会とは、国家の福祉・公共サービスが縮小され、規制緩和されるとともに、市場原理が重要視される社会のことである。このような社会においては、資本主義論理─つまりは市場の原理こそが最も重要だとされ、国家の規制は緩和されるため、企業間の競争は激しくなる。 同時に、個人の誰もが市場で競争する選手だとみなされるような状態であるため、自己決定・自己責任が重視される。たとえば近所だから助け合う、同じ会社だから連帯して組合をつくるなどの共同体論理よりも、現代では組織や地域に縛られず自分のやりたいようにやること、自分の責任で自分の行動を決めることなどの個人主義が重視されている。 これも新自由主義的思想だと言えるだろう。 日本でも1990年代から2000年代にかけて、民営化が進み、金融自由化が進んだ。それはまさに「新自由主義」思想が広まる一端を担った。結果として、自己決定・自己責任の論理を内面化する人々が増えた。 というか、個人のビジネスマンとして市場に適合しようとすれば、新自由主義的発想にならざるをえない。 市場の波にさらされているとき、組織や隣人よりも、まず自分のことを守ろうとするのは当然のことである。 もしこれを読んでいるあなたが「自分の責任で自分のやりたいことをやるべきだ」「失敗しても、それは自分のせいだ」と思うことがあるならば、ひと昔前なら「社会のルールに問題があるのかもしれない」という発想をしたかもしれない、ということを思い出してほしい。 新自由主義的発想は、私たちの生きる社会がつくり出したものである。 前田の『人生の勝算』を読んでいると、まさにこの新自由主義的発想を内面化していることがよく分かる。「自分の人生のコンパスを自分で決め、努力する」という論理は、自己決定・自己責任論そのものだ。
【関連記事】
- 「就活の仕組みが適当すぎはしないか?」「就活はうまくいったけど、肝心の仕事はさっぱりダメ」受験、就活、出世競争……京大文学部の二人が激化する競争社会にツッコミ「これ、なにやらされてるんやろ?」【三宅香帆×佐川恭一対談 前編】
- 「全身全霊で働くっておかしくないですか?」会社員が読書できるゆとりを持つためには――大事なのは、真面目に働く「フリをする」技術【三宅香帆×佐川恭一対談 後編】
- 「ちくしょう、労働のせいで本が読めない!」「いや、本を読む時間はあるのにスマホを見てしまう」 社会人1年目の文学少女が受けた“仕事と読書の両立のできなさ”のショックとは?
- 「本を読まない人」に読書の楽しさを伝えるためには?文芸評論家・三宅香帆が「ゆる言語学ラジオ」の水野太貴と考える
- 日本社会は「全身全霊」を信仰しすぎている?「兼業」を経験した文芸評論家・三宅香帆と「ゆる言語学ラジオ」の水野太貴が語る働き方