YouTuberむぎが氏のワンルームで楽しむ晩酌エッセイ/むぎが氏とワンルーム酒場(1)今日は余市解放日
飲むと言ったらわが家一択……!カクテルコンペティションにて特別賞を受賞し、バーテンダーの経験もあるYouTuberむぎが氏。YouTubeでは連日、晩酌の様子を配信し、「朴訥(ぼくとつ)とした語り口に癒やされる」「手際のいい調理は見ていて気持ちいい」「画面からお酒の味が伝わってくる」など話題沸騰中。お酒を愛し、お酒に愛されたといっても過言ではない彼女による、ワンルームで楽しむ晩酌エッセイ連載。記念すべき第1回は“華金”の晩酌の様子をお届け! 【写真】晩酌で楽しんだ余市 本人提供写真 ■今日は余市解放日 仕事にも精がつく、金曜の午後。なぜならば、今夜の晩酌が楽しみすぎるからだ。 金曜日の午後は気分的に休日モードに片足突っ込んでる。今週は両足・腰くらい突っ込んで沼ってウキウキ。なぜならば、今夜の晩酌が楽しみすぎるからだ。楽しみなあまり、2回伝えてしまった。大事なことは2回言いがちである。 ちょうど花金前の先日はわたくしの給料日でして、預金アプリを開いて入金を確認。ただの数字の羅列を眺めてるだけなのだが、気分が上がる。1カ月頑張った(フリした)ので今夜はパーっと、ちょっと贅沢な晩酌をひとりで行おうではないか。 帰り道に寄るスーパー、普段素通りする黒毛和牛コーナー。改めて価格を見ると量に対して高くてゲームオーバー。いつもなら「逃げる」コマンドを選択するが、今日は給料日後の金曜日。いつもとは心の装備が違うのだ。 ただのぬのきれを脱ぎ捨て、てつのよろいを装着。 さぁ冒険に出よう、勇者はひるまない。 あらわれたのは、『黒毛和牛かた霜降りしゃぶしゃぶ用(みすじ)4等級』 枚数はたったの8枚くらいで価格は1314円(税込) トレーまでも金ピカで豪華に着飾ってやがる。 4等級がどんなものか不明だが、等級と表記されてるのはきっと階級分けされてるのだろう。果たして4が高いのか低いのか、元帥レベルなのか少佐レベルなのかどちらか定かか知らん!!! 階級分けできる土俵に立ってるだけでも偉いのかもしれない。 見た目は薄くてペラペラな8枚。霜降り特有の白いスジが勲章に見えてきた。たった8枚だが、1枚1枚英才教育を受けてきた美味しいお肉なのだろうと霜降りの勲章を見るとわかる。これはぜひ味わいたい。 てつのよろいを装備してるので、心の中で買うと決めたけど、一旦普段の見慣れたしゃぶしゃぶ肉の価格も見てみようか。一旦ね。見慣れた白いトレーの上に、綺麗に並ぶしゃぶしゃぶ肉。価格も安く量も多く少し心動くが、まだまだ君たちは海軍将校。 勇者は量より質を求めるのだ―― と親しんできたしゃぶしゃぶ肉にあっさりさよならをして、『黒毛和牛かた霜降りしゃぶしゃぶ用(みすじ)4等級』を買い物カゴに入れた。 野菜コーナーに移動し、野菜を一通り見て、ネギ・エノキ・椎茸・焼き豆腐をチョイスした。エノキがあるから同じきのこ族の椎茸はいらないかなと思ったが、なんか見栄え的に入れとこうかなと。見栄え要員にカテゴライズされて椎茸が少しかわいそう。 お会計を済ませようと、レジコーナーに移動して会計を済ませる。いつもの帰り道、すれ違うスーツを着たサラリーマンもウキウキで同じ気持ちなのだろうか。 金曜日の夜は街に一体感が出る。 一体感のある金曜の街、賑わう居酒屋のオーディエンスの熱度を観察する。 会社の人たちと飲んでるテーブル、カウンターにはカップルなのかマッチングアプリで初めて知り会ったのか分からない、なんとなくぎこちない男女が並んでたり、サラリーマン風の男性が1人でビールを飲みながら動画を見ている(あれはきっとむぎが氏のチャンネルを見てるな)。 私の頭の中ではかつてテレビの前で観ていた「笑っていいとも」のような「曜日対抗ロックフェス」が繰り広げられ、金曜日がステージに立つと、さらにオーディエンスが一体となり熱狂する。 『金曜キターーーー!! ウォォォォオオオオオ!!!』 週末に差し掛かる手前の金曜は、いやがおうにもオーディエンスが沸き立つ。分かる。一方、月曜ステージはと言いますと……。あれ……沈黙ばかりが目立って、あまり人がいませんね。 街が、人が、賑わってるとなんだかうれしい。心の中でオーディエンスたちに「今週もお疲れ様」と声をかけ、私は寄り道せず真っ直ぐ自分のお家へ帰る。 お家に着き、いつもは気休めでしかない糖質0ビールをプシュと開けて、ソファでダラっと溶けるのだが、今日は違うのです。 贅沢は『黒毛和牛かた霜降りしゃぶしゃぶ用(みすじ)4等級』だけではないのだ。 とりあえず、鍋に水を入れていつごろ開けたか覚えていない日高昆布を入れてお湯を沸かす。沸かしてる間に贅沢ハイボールを作ります。 本日のウイスキーはニッカウイスキーが手がける『シングルモルト余市』。近所の酒屋さんで見つけて、確か8000円前後くらいで買った記憶がある。2、3年前は半分くらいの価格で買えたと思う。近年のウイスキー高騰の影響でなかなか手が出せないでいたが、綺麗に陳列されてる余市と目が合ってしまい、購入した。 普段は1000円~3000円くらいのウイスキーを選んでハイボールを作るが、今日は給料日後の金曜日。高級黒毛和牛しゃぶしゃぶということもあり、おもてなし、和の精神でしっとりはんなり静かなる晩酌をキメさせてもらうどすえ。 余市が作られる場所は、北海道の形を頭でっかちなイルカに例えるとすれば、その北海道イルカの背びれらへんの近く。余市町というところ。余市町はスコットランドの気候に近いとのこと。日本のウイスキーの父と呼ばれるニッカウヰスキーの創業者、竹鶴政孝氏が第一の蒸溜所に選んだ場所です(余市出身の人、羨ましい……) 。 ピート麦芽を使用し、力強くありながらもほんのり優しげなスモーキーな味が人気のウイスキー。グラスにイオンみたいなコンビニで買ったロックアイスを入れてバースプーンで軽くステア(混ぜる)し、グラスを冷やす。 炭酸メーカーの専用のボトルに冷えた水を入れ、炭酸メーカーに装着しボタンを押して炭酸を注入。グラスの中の溶けた水を流しに捨て、余市を手に取りメジャーカップ(カクテル用の計量カップ)で30ミリリットル入れる。不遇なことに、メジャーカップは最初の1杯しか使わない。なぜならば、私の怠惰な性格が現れ、2杯目以降はメジャーカップを使うのがめんどくさくて、直接グラスにウイスキーを注ぐからだ。 バースプーンで余市と氷を仲良くなってねー、とゆっくりと混ぜ、炭酸水を入れる。この瞬間、フェルメール氏の『牛乳を注ぐ女』のような気品さとプロフェッショナルさをもち合わせ、私は真の『炭酸を注ぐ女』になるのだ(炭酸を注ぐ工程がとても大切な瞬間という意味です)。氷を避けながら、ゆっくりと注ぐことで炭酸が抜けにくくなります。なので、氷の組み方も実は大切だったりする。 シュワシュワと陽気に踊る炭酸の音が、酒欲をそそる。あまり炭酸を刺激しないようバースプーンで丁寧に氷を持ち上げながら混ぜ、余市ハイボールいただきます。 あゝ、喉が潤う。 ニッカ特有のエレガントな味わいもありつつ、抜けてくスモーキーな風味。はちみつのような甘さがあるが、それだけで終わらない。余市の特徴でもあるスモーキーさが、はんなりと現れるのだ。まるでゆるく穏やかな小川の流れのように、食道を通り、すんなり胃に沁みていく。まさに、いま整うですね、これは。 いろんな国のウイスキーを飲んでますが、やはりジャパニーズウイスキーはすんなり体に入ってくる、溶け込んでくるような気がする。スコッチばかり飲んでた私に、「おかえり」と余市が言ってくれた気がした。 さぁ、お腹もすいてきたので、しゃぶしゃぶを作りましょう。 お風呂のお湯が沸きましたと言わんばかりに、沸騰したお湯がはよ火止めんかと伝えてくる。弱火にし、鍋から日高昆布を鍋から取り出す。あいにくカセットコンロは持ち合わせていないので、ガスコンロの前に椅子を置き、目の前でしゃぶしゃぶ晩酌を実施する。 『黒毛和牛かた霜降りしゃぶしゃぶ用(みすじ)4等級』の1番端のお肉様を箸で持ち上げ、ゆっくりお湯の中へ入れる。ゆらゆらと、お肉様をゆらしてみる。ゆらゆらではなく、しゃぶしゃぶとなのかもしれない。しゃぶしゃぶの名前を考えた人は、なぜゆらゆらにしなくてしゃぶしゃぶにしたのか気になった。 確かにゆらゆらではちょっと社会に出た時にアピールに弱く情けないかもしれない。もっと堂々としなさい! お局さんに怒られるかもしれない。それでいて、しゃぶしゃぶは肉をしゃぶりたくなる。かつ、貪るのではなく嗜むような上品さがある気がする。おくゆかしい。なんか良さげ、しゃぶしゃぶって考えた人天才。 人間はお湯につかると赤くなるから(照れたりしても)、真逆なんだなと関心しながらポン酢にくぐらせ、いただきます。思った以上に柔らかい食感、噛むとくどくない旨味が広がり、もうお口の中が幸せで溢れかえる。ポン酢の酸味もきいて、さっぱりいただける。黒毛和牛の柔らかさに優しさを感じ、余市ハイボールもゴクッといただこう。 なんとまぁ、優しいピーティー(スモーキー、燻製香)が楽しめる余市とあわせて大正解です。 さて、切ったネギときのこ族(エノキと椎茸)、焼き豆腐を鍋に入れてお肉様も2枚くらいいっちゃいましょうか。あっという間に飲み干したグラスに氷を継ぎ足し、余市と炭酸水を入れる。 今日は余市解放日だ。 ドンドットット♪ ドンドットット♪ また脳内では「曜日対抗ロックフェス」が繰り広げられる。聞こえるのは解放のドラムなのか。ここは私の(贅沢)最高地点だ。 Thank God It’s Friday!!!! 神様ありがとう、今日は金曜日! ボーカルらしき戦士はスーツの鎧をはいでお酒を片手に持つ。老いも若きも平等な金曜日。 私は若い時、バーテンダーをしていて金曜夜は働きに出ていたのですが、金曜日はみんな解放された戦士のようで平日より活気があり忙しいけどそれが好きだった。疲れた人に美味しいお酒を、空間を、提供したいという気持ちは今も忘れない。今、思えばバーテンダーは私の天職だったかもしれない。 脳内フェスはここまでにして、しゃぶしゃぶに戻ろう。野菜も用意したのでお肉以外も食べようと、とりあえず焼き豆腐を口に入れる。 これが……とてもあっっっつい!!! お肉だけでなく私の存在も忘れるなよと主張するかのごとく、とても熱かった。ごめんなさい。焼き豆腐がお口の中をほくほくにする。熱くなったお口にすかさず余市ハイボールを流し込む。熱さが落ち着き、余市のエレガントでピーティな余韻が残る。 あっつあつ焼き豆腐がなければ味わえない、なんともいう爽快感、達成感、充実感。ハイボールでお口の熱さを和らげることに、一種の快感を覚える。 真夏の昼間、外を歩いていてダラダラと体中に汗が溢れ出す中、目の前に現れたコンビニ(オアシス)に入り全身で冷気を感じ、汗を落ち着かせる。そんなのに似てる。 見栄え要因の椎茸も食べてみる。椎茸は、根っこだけを切り、頭と根っこは別でお湯に入れてた。椎茸の大きな頭の部分をそのままがぶっとかじる。肉厚でジューシーではないか……! それでいて土のような自然な感じがたまらない。 野菜を一通り堪能したところで、お肉様を救出する。実はごまだれも良いかなと思ったが、『黒毛和牛かた霜降りしゃぶしゃぶ用(みすじ)4等級』はなるべく素材の味を生かして食べようと思い、お次はお塩でいただきます。 取り出したお肉様に、優しく塩をふりかける。お口に運び、噛むといつものように柔らかく肉の旨味がより引き出してくる味わい。これも良い、美味しい。すかさず余市ハイボールを飲み込む。 優しい肉と優しいハイボールが混ざり合い優しい世界だ。 今回は和風をテーマに、余市のおくゆかしさと和牛の優しい旨味はベストマッチだった。ぜひ日本の文化遺産にしてもらいたいほどですね。 金曜日の夜に、1人しゃぶしゃぶをするのは客観的に見てどこか寂しいけど黒毛和牛8枚を独り占めできるのは幸せでした。自分だけの小さな幸せ、ガラパゴスハッピーを私は今日も見つけ、噛み締めて独自の進化を歩んで行きたい。8枚のお肉なので物足りなさも感じたが、それが私としゃぶしゃぶの良い距離感。足りないくらいでいいんですね。 すみませんが、余市はまだまだあるし、解放日なので飲んでいきます。 未来の私、二日酔いで頑張ってください。