母が指南して娘を「遊女」に育て上げる様子も…「ローマ帝国」時代に遊女たちとお喋りした記録(レビュー)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介 今回のテーマは「色街」です *** 色街という言葉の意味はかなり曖昧なようだ。しかし、いわゆる人類最古の職業に関係した場所であることは確かだろう。そこでの人間模様に、大昔から作家たちはいたく興味を寄せてきた。 ルキアノスの『遊女たちの対話』(内田次信訳)はその一例である。ユーフラテス川のほとりに生まれたルキアノスは、ローマ帝国がマルクス=アウレリウス帝のもとに栄えた時代、ギリシア語で多くの作品を書き残した。そう聞けばいかにも重々しいが、読んでみるとじつに気取りがなく、題名どおり遊女たちのおしゃべりがのびやかに繰り広げられている。 客を奪い合ったり、いやな客をすげなくあしらったり。冷たくなった愛人を取り戻すのに魔女に頼ろうとする姐さんがいるかと思えば、「金持ちのレスボス女」とできてしまった者もいる。多種多様な対話をとおして、彼女らのプロとしての生きざまが浮かび上がる。その様子はからっとしていて、みじめっぽさが少しもない。 母と娘のやりとりというのも出てくる。夫に死なれた母親が娘に春をひさがせようとする。贅沢ができるからと説き伏せ、その道の作法を教える。晩餐ではつつましく食べ、酒をガブ飲みするなどもってのほか。余計なおしゃべりはせずに「自分を雇った男だけを見ているの」。そうすればきっと愛してもらえる。素人の母にしてはやけに行き届いた指南により、立派な遊女がまた一人誕生するさまが描き出されている。 [レビュアー]野崎歓(仏文学者・東京大学教授) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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