福島県矢吹町が「農業版企業誘致」 放棄地解消へ貸借仲介 照会100件、平たんさや立地に関心
耕作放棄地を持つ農業者と、農業に関心のある企業を仲介する福島県矢吹町の取り組みが成果を上げている。「農業版企業誘致」と銘打ち、2024(令和6)年度に土地利用を巡る所有者の意向把握や企業向けの情報発信を開始。家庭用レンジフード製造の富士工業(相模原市)など2者が放棄地を借り、野菜の栽培に至った。稲作を諦める農業者の増加を受けた試みで、平たんで広い耕地や首都圏などへの交通アクセスに着目した企業、農業生産法人から100件ほどの照会があり、農地再生の新たな一手として注目を集めそうだ。 町によると、2023(令和5)年の町内の農地面積は約2560ヘクタール。このうち、休耕中で耕作放棄地に当たる「再生可能な農地」は約110ヘクタール、「再生が著しく困難な農地」は約150ヘクタールで、合わせて全農地の約10%を占める。近年は気候変動の影響などで水不足に直面する年が多く、稲作を諦める農業者が出ている。放棄地は過去3年間で3割増えており、今後も高齢化などによる拡大が懸念されている。
水利面などの課題の一方で、「矢吹が原」と呼ばれる平たんで広い耕地を確保できる地形や、大消費地の首都圏に通じる東北自動車道矢吹インターチェンジ(IC)まで車で10分程度の立地条件は、稲作に比べて水を必要としない品目も多い畑作などに転換すれば「強み」となり得る。 農地を集約し、貸し手と借り手をつなぐ仕組みとしては農地中間管理機構(農地バンク)などがある。ただ、町は地域固有の潜在的なセールスポイントを、農業に参入意欲のある異業種の企業、多産地化を目指す農業生産法人などに直接アピールしようと、所有者と新たな担い手候補を取り持つ事業に踏み出した。 農地の貸与を考える農業者の所有地の広さや形状、栽培歴などを集約。進出を検討する企業にオンラインセミナーなどを通して発信している。取り引きに伴う手続きの簡略化も目指している。事業は農業関連企業アグリメディア(東京都)と連携して進めている。 富士工業は町内神田西の農地約10アールを農場として使い、関連会社の従業員がミニトマトを栽培している。農場の担当者は気候の穏やかさや交通の利便性を「良好な環境」と評価した上で「供給を安定させ、事業拡大を視野に入れて地域に貢献したい」と話している。
町は事業を軌道に乗せるため、2025年度は企業を招いた現地見学会や町民向け説明会などを計画している。町農業振興課は「事業への関心や信頼度を徐々に高め、基幹産業の農業を将来に引き継ぐ仕組みに育てたい」としている。