柳亭市寿さん、春風亭昇りんさん ごひいき願います!
デジタル時代だが、落語がブームです。講談・神田伯山や浪曲・玉川奈々福の活躍もあり演芸も元気がいい。チケット入手が困難な人気者も相当数います。この勢いに続けと、若手でも有望な芸人さんが多く登場してきました。彼らに注目しているひとり、落語・演芸を長く追い続ける演芸写真家・橘蓮二が、毎回オススメの「期待の新星たち」を撮り下ろし写真とともにご紹介いたします。 【全ての画像】柳亭市寿、春風亭昇りんの写真ほか(全9枚)
「歌は語るように台詞は歌うように」──柳亭市寿
「現在、二ツ目の香盤でいうと上からも下からもちょうど真ん中の32番目です」新たにスタートした独演会『真打ちへ一途(いちじゅ)』の冒頭で語った言葉の内に真打ち昇進まで厳しく自らを追い込んでいこうとする強い決意が見て取れた。個人差は有るものの二ツ目から真打ち昇進まではおよそ十年ほどの時間を要する。“十年もある”のか“たった十年しかない”のか。長いようで短い二ツ目活動期間の中でどう落語に向き合い実践を重ねていくかで晴れの真打ち昇進も見える景色が変わってくる。 2014年10月柳家三寿師匠に入門、2015年10月「寿伴」で前座修業を開始、2019年5月中席二ツ目に昇進、2020年6月三寿師匠が死去したため7月柳亭市馬門下に移籍「市寿」に改名した。年齢制限(30歳)ギリギリの29歳10カ月での遅い入門には訳がある。大学在学中から音楽の道を志し、20代のほぼ10年間はミュージシャンになる夢を追い様々な仕事をしながらバンド活動と曲作りに情熱を傾ける毎日だった。しかしなかなか思うような結果が出ずに悩んでいた頃、当時従事していた仕事先のホールで見た落語会が初めての演芸体験となった。その後、作詞や語りの勉強になるのではと落語教室(講師は後の師匠 柳家三寿師匠)に通うことに。そこで音楽とは違った形で観客を巻き込む表現方法に魅了され方向転換、遅まきながら落語の世界に飛び込んでいった。 稽古量に裏付けされた所作の安定感や柔らかな語り口と共にそれまで培ってきた音感や多くのライブ経験から得た状況判断力も相俟って市寿さんの高座は程よい距離感で心地よく観客の気持ちに届く。さらにプレーヤーとしての能力だけではなく自身を俯瞰できるセルフプロデュース能力も非常に高い。音が鳴ったと同時に言葉が重なり瞬時に場の空気を掴める音楽と会話を進めながらゆっくりと空間を構築してゆく落語では当然見せ方や聴かせ方に大きな違いがあることを自覚しながら意識的に同じ演目を短いスパンで高座にかけて改善点の発見に繋げたり、独演会では噺の完成度を追及しつつもドキュメントとして二ツ目の真っ只中にいる試行錯誤する姿も見せてゆきたいと様々な落語表現の引き出しを増やしている。 どんな表現ジャンルも作品に作者や演者の感情を乗せ思考の軌跡を伝えることが肝要なのは何ら変わりがない。しかし、やりたい事と出来る事には差違がある。届けたい想いを無理なくそして嘘なく出力できる表現方法を手にすることが出来た者は幸甚である。リズムを刻むような流麗な間と語りで形創る高座は小気味良い。“歌は語るように台詞は歌うように”先人が残した名言が市寿さんの落語世界によく似合う。