バックパックを背負った犬が歩くたび、自然が蘇る未来
<バックパックを背負った犬が歩き回って種をまく──元鉄道用地の自然を回復させるユニークなプロジェクトが進行中>
オオカミの群れが徘徊し、ヒグマが森を行き交い、イノシシが地面を掘り返しながら歩き回る景観を想像してみよう。それは、数千年前のイギリスの姿だ。 【動画】世界各国より犬をプレゼントされるプーチン大統領 クマは大昔に姿を消し、オオカミも数世紀前に消滅、イノシシも非常に少なくなった。生態学的に見て、こうした状況は大きな空白を生む。動物たちは、例えばその毛に付着した野生の種子を別の場所に運ぶなどして、種子の拡散に貴重な役割を果たしていた。 そう考えると、家庭犬にオオカミの不在を補ってもらうという発想は理にかなっているのかもしれない。犬はとてもたくさんいるし、田園地帯を走り回ることを好み、オオカミの子孫でもある。 これがイギリス南東部イーストサセックス州の町ルイスで行われている実験だ。場所は、1995年に自然保護区となった約0.4平方キロの土地。ここで犬たちは、歩き回ると植物の種子が漏れ出るバックパックを装着する。 この取り組みは、公の土地にいる犬は迷惑な存在だという通念を覆すものだ。放置される糞の害は無責任な飼い主のせいだが、それ以外にも犬は問題を引き起こす。小さな生物を怖がらせて「恐怖の生態系」をつくり出したり、生態系に不可欠な水生植物を引き抜いたりする。「犬を問題ではなく解決策にするにはどうしたらいいかと考えた」と、このプロジェクト(Wilderlife)を率いるディラン・ウォーカーは言う。 犬は飼い主よりもはるかに長い距離を歩き回り、どう移動するかは予測できない。種子を砂と交ぜれば、犬の足跡を効果的に追跡することができる上に、種子が薄く均一に散布される。 だが、種子は適当にまいていいわけではない。この土地で犬が散布しているのは「特定の森林地域のために配合した特別な種子の混合物」だと、プロジェクトを運営する鉄道用地野生生物トラスト(Railway Land Wildlife Trust)のヘレン・ミードCEOは言う。 閉め出さず招き入れる ルイスの中心部に位置するこの地域は人の往来が実に多く、その動きは直線的なものだけではない。何十年も前から子供たちが走り回り、秘密基地を造った跡も残っている。 「地面は踏み固められ、下草がない。そのため自然の回復を後押しする必要がある」と、ミードは言う。「柵を建てて人を閉め出すのではなく、逆に人を招き入れて自然を回復する力にしたい」 保護区にやって来た人たちは、入り口でバックパックを受け取って犬に装着する。中に入っている種子は、キバナノクリンザクラ、セントジョーンズワート、ジギタリスなど、地元原産の在来の野花や草のものだ。今年3月に始まったプロジェクトの出だしは上々で、春には発芽も見られた。だが多年生植物が定着したと判断するには、まだ数年かかるだろう。