【フランスTOP14】11月より正式導入されたスマートマウスガードは、ラグビーを救うか。
10月19日、トップ14第7節のポー対トゥールーズ戦の53分。レフリーが「13番、HIAです。君だね。そう、白の13番と言っている」とトゥールーズの13番、ポール・コスト(21歳)に声をかけた。訳がわからないという表情でコストがピッチを後にする。現地中継局が、「ポール・コストのスマートマウスガード(以下、iMG)が反応したのでしょう。マッチデー・ドクターがレフリーにコストを退場させるように求めました。本人は理解できていませんね。現段階ではまだテスト段階で着用が義務付けられていませんが、今日のトゥールーズの23人中15人がiMGを着用しています」と解説する。 試合後のインタビューでコストが、「理解し難いよ。マッチドクターが高度な危険を察知したみたいだけど、それなら先週サッカーでヘディングした時にもあったよ。まだ調整が必要なんじゃない?」と皮肉る。 今年のシックスネーションズでは、すでに全選手がiMGを着用していた。 「閉塞感を感じている選手もいる。歯の問題がある選手もいる。慣れの問題もあると思う。これまでもマウスガードを着用していない選手もいる(リーグ運営団体のLNRの推定によると20~25パーセント)。ちょっとしたことだけど、試合中にマウスガードに気が取られるのは残念。他にやらなきゃいけないことがいっぱいあるのに」と訴えていたのはFBトマ・ラモスだ。 選手には不評だが、トップ14でも11月から正式にiMGが導入された。頭部に衝撃を受けた際のg(重力加速度)で表される並進加速度と、ラジアン毎秒毎秒で表される角加速度の両方が一定の値(男子が並進加速度75g、角加速度4500rad/s2、女子は55g、4000rad/s2)に達すると、マッチデー・ドクターのタブレットにアラートが送られる。 それに先駆け、リヨンでは2023年から自主的に導入していた。チームドクターのロマン・ルルサックは、2018年から2022年まで女子15人制フランス代表のメディカルスタッフにも参加しており、2021年の女子ワールドカップでのiMGの導入にも携わった。 『レキップ』紙へのインタビューで、「歯科医院でカスタムメイドされたマウスガードに比べればフィット感が劣ることは否定できない。加速度センサーが内蔵されたチップの膨らみも気になる。3年前に女子代表チームで導入した時は、機能しないものもあったし、ケースの中で溶けてしまったのもあった。でも改良されていく。iMGには、試合や練習中の見落とされがちな衝撃を検知する以外にも、もっと大きなメリットがある。長期間にわたって選手が受ける衝撃を記録することで、選手の負荷をモニタリングできる」とiMGの有用性を訴えている。 iMGは、試合中、そして練習中の5gを超えるすべての衝撃を記録する。リヨンでは、この1年間のデータを、すべてのタックルの映像と合わせて分析した。 「順ヘッドタックルと逆ヘッドタックルでは、逆ヘッドの方が脳に伝わる強度が40パーセント増大する。また、肩の高さにタックルすると30~40パーセント増加する。このシステムで危険度の高いゾーンがわかる」 10月にリスボンで開かれたワールドラグビーのメディカル委員会会議では、ポジションによっても衝撃の強さに差があるが、同じポジションでも選手のタックルスキルによって差があることが発表されている。 先のシックスネーションズに参加した2人のフッカーのデータが例に挙げられた。2人とも5試合に出場し、280分プレー。どちらのタックル数も80を超えていたが、20gを超える頭部の加速の回数が、1人がもう1人の3倍を記録したことからも、タックルスキルやタックル時の姿勢も影響することがわかる。中期的には、練習の負荷と試合数を調整し、一部の選手には脳への負担を軽減するためにタックルスキルの改善を求める必要がある。 「さらに長期的には、キャリアを通して受けた衝撃の影響を知ることができる」とルルサックが言えば、「長期的な目標は、繰り返される衝撃によって引き起こされる神経疲労を評価し、さらなる衝撃に対する脳の脆弱性、脳震盪や怪我のリスク、またはパフォーマンスの低下との関連性を探ることだ」とラシン92のドクターのシルヴァン・ブランシャールが説明する。 ラグビー選手にとって、長期にわたって積み重なる軽度の脳震盪が深刻な問題になっている。iMGの長期的な有用性を唱えれば、選手にも導入の意義がもっと伝わるのではないか。 元アルゼンチン代表で現在クレルモンに所属するSOベンハミン・ウルダピジェタ(38歳)は、今季で引退することを発表している。彼は今季の初めから自発的にiMGを着用している。 「多くの選手がぶつぶつ言ってるよ。付け心地が良くないとか、半ば強制されている感じが不満だとか。でも新しいことっていつもこうじゃないか。15年前のGPSの導入も、倒れた時に気になるとか、データで監視されるみたいとか言っていたけど、今では誰も何も言わない。このシステムで頭部への衝撃による影響を軽減するためのデータを収集できるのなら活用しなければ。少しぐらい付け心地が悪くても、それだけのメリットがある。ラグビーの後も人生は続く。選手の健康を守るのに役立つなら、なんでもやってみるべきだ」 (文:福本美由紀)