グリフィンの新境地から考察 「サブジャンルが最前線に浮上している」EDMシーンの今
6月に開催された来日公演も大盛況。今や日本をはじめ世界のEDMシーンで押しも押されぬ人気者となった日系アメリカ人DJ /プロデューサーのグリフィン(Gryffin)が、ニューアルバム『PULSE』をリリースした。リタ・オラからMAX、ジョン・ニューマンからアーミン・ヴァン・ブーレンまでが参加する2年ぶりの新作には、新境地もたっぷり満載。従来の親しみやすいメロディとユーフォリックなアッパー感はそのままに、自身のルーツを掘り下げた意外な原点回帰を展開する。彼の言う「サブジャンルが最前線に浮上している」という欧米のEDMシーンの最新状況も見えてくるはずだ。最新作『PULSE』を基に、EDMシーンの現状と、その向かう先を読み解きたい。 【画像を見る】日本でも大人気、グリフィンのライブ写真 2019年の1stアルバム『GRAVITY』と2022年の2ndアルバム『ALIVE』、「Tie Me Down」(feat. Elley Duhé)や「Fell Good」(with Illemium feat. Daya)など一連のヒット曲でメロディック・ダンスミュージックにおける最高峰アーティストとなったグリフィン。今やそのジャンルのトップを走る第一人者として、ファンの裾根をますます拡大し続けている。が、2年ぶりに発表された3rdアルバム『PULSE』には、これまでの2枚のアルバムとはやや違った方向性が盛り込まれている。というのも、彼が現在のグリフィン・サウンドに至るまでの、過去に影響を受けてきたダンスミュージックが掘り起こされているからだ。具体的には「90年代から00年代あたりのサウンド」と本人は語るが、ノスタルジックなサウンド回帰は、彼だけに限らない。多くのアーティストが20年以上も前のサウンドを新鮮に感じているのは、ファッションやガジェットなどのY2Kブームとも、おそらく無縁ではないだろう。 前2作のアルバムでは、どちらもイントロからスタートしていたが、アルバム『PULSE』に関しては、今年4月に公表されたシングル「MAGIC」で幕を開ける。「このアルバムを作るきっかけになった」という同曲がオープニングに据えられているのは、何かと象徴的という気がする。♪Bagy, Your Sex Is Magic, Magic, Magic~と繰り返されるベイビーアイドントライクユー(babyidontlikeyou)のアニメを思わせるボーカルや、高揚感溢れるメロディは如何にもグリフィン調と言えそうだが、宙を駆け巡るトランス的アプローチに驚かされる。 トランス系の新機軸は、アーミン・ヴァン・ブーレンとのコラボ「What Took You So Long」が公表された時点でも大いに話題を巻き起こした。オランダ出身のトランス界の貴公子ことアーミンとの顔合わせは意外とも思えたが、本人曰く「元々トランスミュージックの大ファンで、ずっとアーミン・ヴァン・ブーレンの大ファンだった」とのこと。「ずっとトランス系の音楽を作りたいと思っていたけれど、レコーディングしたのはこれが初めて」とも語っており、“なぜこんなに時間がかかったの?”と繰り返される歌詞のメッセージともリンク。エイバ・マックスの「Sweet But Psycho」の共作者マディソン・ラヴが歌っている。だが、実はその歌詞はアーミンとグリフィンの、それぞれの妻に宛てたもの。2人の女性に捧げられているそうだ。 アルバム中盤のハイライト「WHERE ARE YOU TONIGHT」にも、レトロな音使いが溢れている。ボーカルを担当するZOHARA(ゾハラ)とは、以前にも「Remember」「Out Of My Mind」でコラボ。グリフィンの奥様とも仲良しで、家族ぐるみの付き合いだとか。今後の活躍が楽しみなシンガーだ。「人間的にも、アーティストとしても凄くクールな女性。一緒に素晴らしいクリエイティブエナジーを共有している」とグリフィンは絶賛。3月に開催されたULTRA MIAMIでは、彼女が生ボーカルでこの曲を披露し、ひと際大きな声援に包まれていた。 もちろん多数のヒットを飛ばしてきたビッグネームも参加する。「LAST OF US」にリタ・オラが、「MAGNET」にMAX(マックス)がボーカルで参加。英国出身のリタ・オラは、さまざまなタイプの曲を歌っているが、アヴィーチーからティエスト、デヴィッド・ゲッタからカイゴまでと共演し、常にクラブシーンとの接点を忘れない。10月には来日公演も開催される。一方の米国人シンガーのMAXもジョナス・ブルーからギャランティス、スティーヴ・アオキやオリヴァー・ヘルデンスまで、EDMアーティストとのコラボを多数発表。実はグリフィンとMAXは、この他にもコラボした未発表曲があるそうだ。「THE REASON」にフィーチャーされているジョン・ニューマンに関しても、クラブ系ファンにはお馴染みだろう。カイゴからカルヴィン・ハリス、シガーラまで、さまざまなEDMプロデューサーと共演を重ねている。 「FALLING TO PIECES」というナンバーは、あの甘い歌声はてっきり米国人シンガーのカリードが歌っていると思っていたら、イーサン・ホルトという英国人の新人シンガーがボーカルを担当。ドラムンベースなのにも驚かされる。「サブジャンルが最前線に浮上している」というグリフィンの発言が思い出される。イギリスで長きにわたって人気を博し、進化してきたドラム&ベースだが、最近はアメリカのEDMフェスでもメインステージで掛かることも少なくない。既にその状況は日本にも見受けるが、トランスやテクノ、ドラムンベースやハウスなど、サブジャンル躍進の現状がアルバム『PULSE』には捉えられている。 過去にロックバンドをやっていた彼は、先日の来日公演でもギターを弾きまくっていたし、ザ・キラーズの「Mr. Brightside」は、彼のライブにおける定番曲と呼べるかもしれない。だが、このニューアルバム『PULSE』に限っては、全体的にギターは控えめで、シンセに特化されている。そもそも彼がなぜエレクトロニックミュージックにハマったのか、というきっかけを思い出し、初期衝動を再訪するかのような作品だ。EDMアーティストの中には、楽曲単位のリリースのみでアルバムを作らないクリエイターも少なくない。彼らにとってはアルバムを作る理由が、なかなか見えづらいのだが、アナログレコードを聴いて育ったグリフィンにとっては、アルバムこそが音楽制作の醍醐味なのだという。だからこそアルバム『PULSE』にはシンセの音色やデジタルサウンドが満載されていながらも、アナログレコードの温かみや、ノスタルジックな記憶に触れたという感覚をもたらしてくれるのではないのだろうか。 --- グリフィン 『PULSE』 発売中
Hisashi Murakami