衝撃の芥川賞から20年…金原ひとみが語る「40代の使命感」
「腐女子」を通して見えた世界
もう一つは『ミーツ・ザ・ワールド』(2022年、柴田錬三郎賞受賞)です。 この作品では、自分のなかにはない要素を固めたような主人公を書きました。他者の視点という意味では、『マザーズ』など他の作品でも書いていましたが、完全に彼女の一人称、他者になりきって書くことに挑みました。 『ミーツ・ザ・ワールド』の主人公は、熱烈な「推し」がいる「腐女子」です。推しがいる生活がどんなものか興味深くて、知りたいという思いもありました。推しに没入する才能がある主人公の視点で見たときに、どうしても価値観を共有できない人と出会った場合に、どんな化学反応が生じるか見てみたかった。 この本を書いたときは、どうしても自分が救いたいと思っても、救えない人がいると実感した時期でもありました。自分に近い視点で書くと、すごくドロドロしたものになってしまいそうでしたが、彼女のような明るさと、自分を持っている人だったら、きっと違った世界が見えるんじゃないか、という望みを持って書きました。 『ミーツ・ザ・ワールド』の後に発表した『腹を空かせた勇者ども』(2023年)、『ハジケテマザレ』(2023年)も、自分とは違うタイプの人が主人公です。 自分とは違う視点から世界を見つめることも、楽しめるようになりました。
「小説は絶対になくてはならないもの」
── 金原さんの作品では、自身の体験を投影したような苦しみを生きる登場人物も少なくないと感じます。自分をさらけ出して書くことはストレスにはなりませんか? 私は書くことで初めて考えるタイプの人なので、逆に自分をさらけ出さない方がストレスです。 自分と世界を研究するために、小説を書いているようなところがあって、小説というツールがなかったら、自分はいろいろ勘違いした人間になっていたんじゃないかなと思います。 だから小説は絶対になくてはならないものだし、小説を書いていなかったら、多分すぐに潰れてしまう。 もちろん書くのはそれなりにきつい行為ですが、なくてはならない行為です。 そもそもこうなりたいとかこうでありたいとかいう、余裕のある生き方をしたことがあっただろうか。死なないことに重きをおいて行動し続けてきた時間の積み重ねがこの人生であったというだけの気がする。マズローの欲求五段階説では食欲や睡眠欲など生命を維持するための本能的な欲求が第一階層とされているが、その第一階層の欲求に対立する破壊衝動、消失衝動のようなものが時折足元から湧き上がり生理的欲求を押しつぶそうとする。だから私は今も緩やかに摂食障害で、緩やかに睡眠障害で、緩やかな消滅願望を持て余している。 『パリの砂漠、東京の蜃気楼』より引用
横山耕太郎