中国は米雇用奪っていない、通貨安誘導していない トランプ大統領の誤認
米国の雇用は中国に奪われているわけではない
これに対し、米国の機械・電気機器関連メーカーは中国での生産を展開しているが、部品や中間財は東南アジア諸国から調達していることが多い。デルは福建省でパソコンを生産している。デルのほか、台湾メーカーも中国で生産したパソコンを米国に輸出している。中国で生産されるパソコンに使われるHDD(ハードディスクドライブ)やCPU(中央演算処理装置)などは、主に東南アジア諸国から中国に輸入されている。機械・電気機器の分野では東南アジア諸国で部品や中間財が生産され、中国に輸出されて組み立てられ、完成品が米国に輸出されるという、三角貿易の構造が出来上がっている。これは、米国企業の事業展開によって築かれたものであり、トランプ大統領が言うように、中国の輸出によって米国の雇用が奪われているのではなく、米国企業の行動によって米国の雇用が中国や東南アジア諸国に移転したのである。 米国から中国への輸入で輸送用機器が2割を占めているのは、ボーイングが中国の航空会社に旅客機を納入しているためで、この分野では米国の優位性が目立っている。
同列で論じることができない日本と中国の為替政策と大統領の事実誤認
トランプ大統領は、日本と中国がそれぞれ自国の通貨安に向けた誘導をしている、と批判している。通貨安誘導による米国への輸出拡大が米国の雇用を奪う、という構図に基づく批判である。しかし、日本と中国の為替政策を同列に論じるのは、あまりにも乱暴である。 日本の為替市場はまったくの変動相場制であり、為替相場は通貨の需給によって決まる。トランプ大統領の発言など、その時の政治、経済の動向によって相場は変動するが、相場を決定するのは市場参加者による売買である。 これに対して、中国は管理変動相場制を採っている。毎日の為替相場は、中央銀行である中国人民銀行が提示する基準値に基づいて取引される。1日の変動幅は基準値の上下それぞれ2%以内に制限されている。基準値は通貨バスケットを参考に決められるとしているが、バスケットに採用されている通貨や、その比重は明らかではない。 しかも変動幅が制限されている上に、人民銀行は頻繁に市場に介入して為替相場を誘導しようとする。日本では財務省が為替介入した場合、財務省の統計によって介入の時期と規模が公表される。中国では介入の実態は明らかにされない。このように、日本と中国の為替制度はまったく違う。 その上、中国では景気減速と米国の利上げ、中国の金融緩和による米中金利差の拡大によって人民元の先安感が強まり、大規模な資金流出が起きている。これを食い止めようと、人民銀行は自国の通貨安を目指した誘導ではなく、逆にドルを売って人民元を買い支える介入を実施している。トランプ大統領の発言とは逆の現象が中国で起きているのである。 このように、トランプ大統領の発言は、二重、三重の誤った認識に基づいている。世界最大の経済大国の大統領が事実誤認による発言を繰り返し、世界がそれに振り回されるという、困った事態が現実になっている。 【連載】中国経済の実態<リアル>(日本経済研究センター主任研究員 室井秀太郎) 著者の近著紹介:『中国経済を読み解く 誤解しないための8つの章』文眞堂 2017年1月発行 定価1600円+税