泥沼の徴用工問題 解決のカギは日本、そして韓国政府にある
問題解決に資金を充てなかった韓国政府
しかし、政治的には韓国政府に責任があります。韓国政府は請求権協定に従い、日本側が提供した資金を使って企業の育成やインフラの建設をしましたが、徴用工問題の解決に使うことはしませんでした。それは当時、韓国政府として必要な判断だったのでしょう。日本としてとやかく言う問題ではありませんが、新日鉄住金が賠償支払いを求められる原因は、そのような韓国政府の方針にあったのです。 もし、新日鉄住金が損害を被ることになれば、徴用工問題を解決しないで放置してきた韓国政府は責任を問われます。そうなれば、同社の損害について韓国政府が補償するよう求められることもありえます。 日本政府は、両国関係を発展させる原則について、あらためて韓国政府の考えを確認する必要があります。これは徴用工問題に限りません。個人が日本側に請求することを認める傾向が続けば、いずれすべての韓国人が植民地時代に受けた損害を理由に日本政府や企業に補償を求めてくる可能性も考えられます。 日本政府も、また少なくとも、これまでの韓国政府も、1965年の基本条約と請求権協定で一括処理したという考えでしたが、今、韓国政府の姿勢は動揺しているように見受けられます。今後、韓国政府はそのような危険性を含む個人請求権の問題についてどのような方針で臨むのか、あらためて姿勢が問われます。
「次の政権」を待つ選択肢も
基本条約と請求権協定が覆されたり無視されたりすると、日韓関係は大混乱に陥ります。韓国政府は請求権問題について一貫した姿勢で臨むことを求められます。司法に介入できないということを口実にその責任から逃れることはできません。 韓国には政府に強い影響力を持つ世論があるようです。それに配慮する余り、韓国政府は日韓関係における「原則」を再確認できないのかもしれません。そうなれば、徴用工問題の早期解決は遠のきます。誠に残念なことですが、他に方法がなければ、日本政府としては、韓国政府が冷静になり、両国関係の発展のための原則を再確認できるようになるのを忍耐強く待つほかありません。現政権ができないのであれば、次の政権を待たなければならないかもしれません。 なお、日本側には「報復措置を取るべきだ」という勇ましい声もありますが、日本政府はどのような措置を取るにしても正当な根拠が必要であり、単純に「仕返し」として報復措置を取ることはできません。こうした感情的な対応を取れば、日本に対する国際世論が批判的になってしまう恐れもあります。国際法に則っても、韓国に限らず、日本人が滞在中の外国で不利な裁判を受けたからといって報復措置など取れません。日本側も冷静に対応することが必要です。
----------------------------------- ■美根慶樹(みね・よしき) 平和外交研究所代表。1968年外務省入省。中国関係、北朝鮮関係、国連、軍縮などの分野が多く、在ユーゴスラビア連邦大使、地球環境問題担当大使、アフガニスタン支援担当大使、軍縮代表部大使、日朝国交正常化交渉日本政府代表などを務めた。2009年退官。2014年までキヤノングローバル戦略研究所研究主幹