『にわか名探偵　ワトソン力』大山誠一郎［著］（光文社）

　幾多の推理が飛び交う、愉快なミステリ短編集である。 　大山誠一郎『にわか名探偵　ワトソン力』は警視庁捜査一課に勤務する和戸宋志刑事を主人公にした謎解き小説シリーズの第二作だ。主人公といっても、和戸自身は名探偵ではない。彼は到って平凡な人間なのだが、一つだけ特殊な能力が備わっていた。それは周囲にいる人間の推理力を飛躍的に高め、にわか名探偵を生み出すというものだ。特殊能力を持った主人公が活躍する謎解き小説の作例は多いが、その中でも珍妙さにおいては指折りのものだろう。 　毎回、登場人物が限定された閉鎖状況で事件が発生するのがシリーズの特徴だ。第一話「屍人たちへの挽歌」ではゾンビ映画が上映されていた映画館で観客の一人が殺され、扉に細工されて館外に出ることが出来ない状況が描かれる。たまたま居合わせた和戸の能力が発動することで、館内に閉じ込められた事件関係者たちが次々と推理を披露し始めるのだ。誰が真相を当てるのかは最後まで分からず、新たな推理が繰り出されては打ち消されていく過程がスリリングに描かれる。複数の推理を描く、いわゆる多重解決ものの楽しさが詰まっているのだ。 　事件が起きる閉鎖状況も様々で、読者が飽きない様、バリエーションに工夫がなされている点も良い。第二話「ニッポンカチコミの謎」は、敵対団体にカチコミをかける際の武装した格好をした死体の謎をめぐって、ヤクザたちが推理を競い合う。強面の男たちが名探偵気取りの口調で推理を行う様子は笑いを誘うが、実はこの舞台設定が推理に必要不可欠な要素だったことが最後に分かり感嘆する。第七話「五人の推理する研究員」は和戸が謎の研究所内に閉じ込められるという話で、連作集の最終話を飾るに相応しい仕掛けも施されているのだ。ユーモラスな設定を使い倒し、精緻な謎解きを作り上げる作者の姿勢に拍手を。 [レビュアー]若林踏（書評家） 協力:新潮社　新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社