「同居は絶対にないと思っていた」大和田美帆 母・岡江久美子が亡くなって4年半で変化した家族の関係
ただ、母は父より6歳年下です。まさか、自分より先に逝くとは思っていなかったでしょうし、父は母のことが大好きなんですよ。今は寂しいという気持ちを抱えながらも、舞台やお仕事もあるので、支え合いながら頑張っています。
■絶対に同居はないと思っていた ── お母さんがお亡くなりになって1年後にはお父さんと同居されたとか。 大和田さん:母が生きていたら、親と一緒に住もうとは思わなかったですね。母は、私が離婚したときも「あなたが自分で決めて離婚したんだから、こっちに帰ってこないでね」と言われて親を頼らなかったし、自分自身も同居は考えたことはなかったです。母が亡くなったときも、父には父の人生を進んでほしいと思っていたし、父が元気なのに同居して父の面倒を見るのも違うと思ったんですよね。
ただ、友人たちと話をしていると、この先の人生も後悔しないように過ごしたい。父のダメージが想像以上に大きかったので、家族で支え合うときだって思い始めたんですね。私の中では結構大きな決断でしたが、私から父に声を掛けました。 ── お父さんの反応はいかがでしたか? 大和田さん:「ありがとう!」って即答していて、父、甘え上手なんですよ(笑)。でも言ってよかったなと思いました。私も娘とふたり暮らしでしたし、3人で一緒に住むようになって、父に娘を見てもらっている間に買い物にも行けたり、娘にとっても頼るべき相手が増えて、家族でうまくバランスが取れている気がします。
── ご飯は一緒に食べますか? 大和田さん:全然…。週1回一緒に食べるかどうかですね。玄関やキッチンはバラバラだし「おはよう」とか1日1回挨拶はしますけど、完全に二世帯です。それでも何かあったらすぐ駆けつけられる距離にはいるので安心はしています。 ── これからやっていきたいことはありますか? 大和田さん:役者は今まで通り続けながら、「子どもが笑えば世界が笑うプロジェクト」を立ち上げました。子どもに向けて歌や紙芝居をしています。