エンバペも続けるか? レアル・マドリードにフリーで加入し、成功を収めた選手たち
■フェルナンド・モリエンテス
アルバセテでデビューを飾り、レアル・サラゴサで頭角を現したストライカーは、1997年夏にレアル・マドリードへ加わった。当時のクラブには元ユーゴスラビア代表のプレドラグ・ミヤトヴィッチやダヴォール・シューケルが在籍していたため、加入直後こそベンチを温める日々が続いたものの、モリエンテスは限られた出場時間でアピールに成功。ラウール・ゴンサレスとの2トップは国内屈指の破壊力を備え、3度もチーム内の得点王に輝くなど、その得点嗅覚を遺憾なく発揮した。 だが、2002年夏には“元祖”のブラジル代表FWロナウドが加入したことで、ポジション争いは一層激しくなり、2003年夏にはモナコへのレンタル移籍を決断。モナコではチャンピオンズリーグ(CL)の決勝進出に貢献する活躍を見せ、シーズン終了後にスペインへ戻ったが、FWマイケル・オーウェンの加入などもあって、なかなかポジション争いに絡むことはできなかった。スター選手を次々と獲得する“ギャラクティコ政策”のなかで、徐々に居場所を失い、2005年1月にはリヴァプールへ完全移籍している。レアル・マドリードでは、2度のラ・リーガ制覇や3度のCL優勝に貢献した。
■スティーヴ・マクマナマン
リヴァプールで活躍したサイドアタッカーのマクマナマンは、1999年夏にレアル・マドリードへフリーで完全移籍加入した。右サイドの2列目を主戦場として、加入1年目は多くの出場機会を獲得。CLでも決勝のバレンシア戦で、モリエンテスやラウールとともにゴールを決めるなど、“欧州制覇”に貢献した。 だが、MFルイス・フィーゴやMFジネディーヌ・ジダンといったスター選手が次々に加入してきたことで、徐々にベンチを温める機会が増えていく。“スーパーサブ”としての立場が続くなかでも、ピッチに立てば得意のドリブルで存在感を示したが、なかなか序列は上がらなかった。モリエンテスと同様に、“ギャラクティコ政策”の陰に隠れた選手となり、2003年夏、2度のラ・リーガ&CL優勝を置き土産にマンチェスター・シティへ旅立った。