錦鯉の漫才「頭が良くなる本を買ったよ!」に対する完璧なツッコミは?
言語学者である著者が、「アホ」「クズ」「バカチン」にはない、「タコ」という悪口のもつ表現の底力について考察。お笑いコンビ・錦鯉の機転のきいたツッコミの妙についても言語学の観点から解説するぞ。本稿は、川添 愛『言語学バーリ・トゥード Round 2: 言語版SASUKEに挑む』(東京大学出版会)の一部を抜粋・編集したものです。 【この記事の画像を見る】 ● 「タコ」呼ばわりされている人の 顔はたいていタコに似ていない アホ、バカ系列の悪口の中で、私が一番気になっているのは「タコ」だ。他人を動物になぞらえる悪口は多いが、「タコ」は少々特殊だと思う。たとえば誰かを「タヌキ」とか「サル」などと揶揄する場合、「その人が持つ性質の中に、タヌキやサルと似たものがある」ことが示唆される。 これに対し「タコ」は、タコと似た性質を持っていない相手に対しても使われる。もちろん寅さんシリーズの「タコ社長」のような例はあるが、「タコ」がタコっぽさゼロの相手に使われる事例はかなり多い。 たとえば、プロレスの世界には、2003年に長州力が橋本真也に向かって放った「ナニコラ!タココラ!」という有名な言葉が存在する。 また、漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の第4部でも、上級生の不良が主人公・東方仗助に「おいスッタコ!誰の許可もらってそんなカッコウしとるの?」と言いがかりをつける場面がある。 「スッタコ」の「スッ」とはそもそも何なのかが気になるが、それはさておき、重要なのは「タコ」呼ばわりされている橋本真也も東方仗助も、別にタコに似ていないということだ。
さらに言えば、そういった場合、「タコ」が相手のどういう側面を揶揄しているのかがよく分からない。 「バカ」「アホ」などは相手の「愚かさ」を見下し、「イモ」なんかは「田舎っぽさ」を見下すわけだが、「タコ」は相手のどこに目を付けているのか明確ではないのだ。 しいて言うなら「お前はちょっと間が抜けているぞ」といった感じかと思うが、かなり莫然としているし、相手の欠点を指摘するというよりも、ただ単に「あなたを見下していますよ」ということを示すためだけに使われることが多いような気がする。 ● 「アホ」「クズ」「バカチン」では 武田鉄矢の名作映画は生まれなかった 実際、「タコ」はかなり汎用性が高い。80年代の邦画『ヨーロッパ特急』では、「タコ」の実力が十二分に発揮されている。 同作は、日本人の写真家がヨーロッパでとある国の王女様と出会い、相手の身分を知らないまま一緒に過ごすうちに恋に落ちる、という内容。つまり、オードリー・ヘップバーン主演『ローマの休日』のオマージュというか、ほぼ同じストーリーなのだ。ただし、グレゴリー・ペックにあたる役を武田鉄矢が演じているところが秀逸で、『ローマの休日』にはない味わいがある。