コロナ禍で「大人らしさ」の価値観が崩れた今、「ガールのリアル」を映し出した「girl dinner」ムーブメントとは?
「ガールのリアル」を映し出す画期的ムーブメント
朝起きるとすぐにスマホをタップしてSNSアプリを立ち上げる。そこに並んだ投稿や動画を見て、怒ったり、悲しんだり、喜んだりする――私たちの生活の奥深くにSNSが浸透するようになってすでに数年が経ちました。 そしていまやSNSは、政治や経済にすら巨大な影響を与えることも明らかになってきています。社会について考えるためには、SNSの動向を追うことが必須となっているのです。 SNSと社会の関わりの現在地について、アメリカの事例を参照しながら、その最前線を教えてくれるのが、ライターの竹田ダニエルさんによる『SNS時代のカルチャー革命』という本です。 著者の竹田さんは、アメリカで理系の研究者として働くとともに、アメリカのカルチャーの最新事情を継続的にレポートし、日本に紹介しつづけています。 たとえば同書がレポートするところによれば、アメリカでは2023年にTikTok上で「girl dinner」というブームが生まれたのだそう。その背景には、「girl」という言葉に対する考え方の変化があるといいます。同書より引用します(読みやすさのため、改行などを編集しています)。 <コロナ禍で「大人らしさ」の価値観が崩れたことによって、すでに「良い歳をした大人」である自覚はありながら、まだ自分の中に子供らしさや、「ガール」特有の葛藤や矛盾を抱えていることを全面的に肯定し、時にはふざけながら「ガール」という単語を用いて新たなフレーズを作る動画や投稿が増えたことも話題になった。> <日本でも最近はジェンダーロールの話題が盛んになってきたが、アメリカでも、男性は子供の頃から「男子はいつまでも男子だからしょうがない(boys will be boys)」と言われて甘やかされながら大人になるのに対して、女性は幼い頃から周りの人へのケア労働をするべきだと役割を与えられ、「大人びた」態度を求められる。 そのようなジェンダーロールから抜け出し、自分たちが当事者として経験する「ガールあるある」をミームやTikTok動画等のコンテンツで共有することで、エンパワメントとまでは行かなくとも、「ニッチに楽しめる内輪ノリ」が生まれるのだ。> <2023年最も話題になり、かつ最も議論されたガール関連のフレーズといえば、「girl dinner」だろう。5月にTikTokでOlivia Maherが投稿した動画が発端となった。まるで中世の農民のように、パンとバター、チーズとブドウのみをまな板に載せ、料理することなく立ってカウンターで食べる姿を「girl dinner」と称して投稿した。(※1) わざわざフライパンや包丁を使って料理をして、食器に綺麗に盛り付けて洗い物までやらなくとも、家にあるスナックや冷蔵庫に余っている食材で自分が「今食べたいもの」だけを食器も気にせず食べるという、「誰かのため」や「見栄えのため」では全くない、自分自身の食事に対する意欲だけで作られる晩ご飯のことを「girl dinner」と称したことで、「あるある」の現象にキュートでキャッチーな名前がつけられ、一気にインターネットで広まった。 「女性は毎日ちゃんと料理すべき」という伝統的な呪縛から解き放たれ、「本人がよければそれでいいじゃないか」という食事の考え方が称賛された。つまりこれは、ここ数年流行っていた「しっかり隅々まで健康に気を使い、誰からみても完璧なライフスタイル」とはかけ離れた、「ガールのリアル」を映し出すという意味合いで画期的だったのだ。> <2023年8月の段階で、「girl dinner」にまつわる動画はTikTokで5億回再生を超え、コーラスが「girl dinner」と歌うサウンドまで流行した。それらの動画では、例えば溶かしたチーズをかけたチップスや、パスタにオリーブオイルをかけただけの食事を投稿したり、ピクルスとイチゴを皿に載せたものを「girl dinner」と呼んだり、実際には大人の女性たちもこんな怠惰な食事をしているのだ、というリアルを晒すことがトレンドとなった。一方で、ピクルス1本だけやダイエットコーラのみを「girl dinner」と呼んで投稿する人もいて、新たな摂食障害の美化の形だとして批判や議論を呼ぶこともあった。 さらに、ファストフードチェーンのPopeyesまでもがこのトレンドに飛び乗った。(※2)様々なサイドメニューのみを選んでセットメニューにできる「girl dinner」というセットを販売し始めたが、インターネットでは一般人が作り、広まったフレーズが商業化されることについての懸念を引き起こした。 「girl dinner」がミームとして広まるにつれて、いかにクレイジーな食事を「girl dinner」と呼べるかのネタ競争になったり(例えばマカロニチーズをワイングラスに入れてそのまま飲んだり)、映画ファンの間で有名なキスシーンを「girl dinner」と呼んだり、どんどんその形は変化していった。 アメリカのミーム文化やトレンド文化には、批判と議論が同時に起こっていくという特徴があり、「girl dinner」のトレンドも例外ではなかった。例えば、Food & Wineの記事では、「この流行は、女性が男性のために料理をするときはしっかりした食事を作るが、1人のときはチーズとクラッカーで済ませる、という図式を強化する一つの方法にすぎない」と、「girl dinner」がジェンダーのステレオタイプを助長するとして、もっと疑問視するべきだと主張している。(※3) このような批判に対して、「ただのジョークに対していちいちうるさすぎる、ジョークくらい楽しませてくれ」と抵抗を示す人もいるが、現在のアメリカでは常にこのような議論が目まぐるしくインターネットで行われることで、どんどんカルチャーの価値観が変化しているのだ。> さらに【つづき】「30年以上前の楽曲がアメリカで大流行。その背景から見えてくる、Z世代が抱える過酷な現実」(1月2日公開)の記事では、アメリカのZ世代を待ち受ける過酷な現実を見ていきます。
竹田 ダニエル(ジャーナリスト、研究者)