【ふくしま創生】挑戦者の流儀 HANERU葛尾(福島県葛尾村)社長・松延紀至(中) 稚エビ「全滅」乗り越え
HANERU(はねる)葛尾が福島県葛尾村の湯ノ平産業団地に建設した養殖施設で2022(令和4)年4月、バナメイエビの養殖が始まった。会社の設立に携わった元大学教授の手ほどきを受けて人工海水を作り、稚エビ約2万匹を水槽に入れた。「大きく育てよ」。社長の松延紀至(50)は優しく声をかけた。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故からの復興に向けた産業創出に向け、無事の成長を願った。 2時間がたったころだった。水槽を見に行くと、全て死んでいた。「うそだ…」。理由はさっぱり分からなかった。「今度こそ」との思いで翌月にも約2万匹を水槽に投入。最初は順調に育ち始めたが約2カ月後、再び全滅した。 「こんなはずじゃなかった…」。松延の頭に「閉業」の2文字がよぎった。エビを死なせてしまった責任や、期待を寄せてくれている村の人たちへの申し訳なさが重くのしかかった。ストレスから体調を崩し、一時入院した。
ただ、村の復興に貢献したい気持ちは失わなかった。「おいしいエビを待ってくれている」と事業継続を決意。元大学教授の指導から離れ、社内で人工海水を分析した。力になったのは社員の大藪智樹(47)だ。エビや魚の飼料会社で働いていた経験があり、海の生き物の生育に関する知識が豊富だった。一緒に試行錯誤を重ねていった。 分析を進めると、人工海水の成分に問題があると気付いた。天然の海水にはナトリウムやマグネシウム、カルシウムなどが含まれる。過去2回は成分の配合が適切でなかったのではないか。その仮説を検証するため、いわき市から海水を運び込み、2022年9月に約2万匹を育てると、すくすくと成長した。 「仮説は間違っていなかった」。確かな手応えを得た。後はエビから出るアンモニアなど、水の汚れの原因となる物質をろ過し、きれいに保ち続けられれば人工海水でも養殖できると確信した。浄化処理技術は、上下水道業に長年携わってきたため自信があった。
3カ月後、分析を重ねた人工海水で稚エビ約8万匹の養殖を開始。順調に育ち、約1万匹が約15センチの出荷サイズに成長した。 天然海水で成長したエビも大きく育ち、昨年1月に生食で村役場の職員にふるまった。初めて社外の人たちに食べてもらう機会だった。「おいしい」。声を上げて味わっている笑顔が忘れられない。「やってきて良かった」。養殖の技術を確立し、取り組みは軌道に乗り始めた。(文中敬称略)