きっかけは1本のYouTube動画、台湾の若手トップスター女優「ワン・ジン」誕生のひみつ
台湾の話題作でよく見かける若手女優ワン・ジン(王淨)。彼女には彗星のごとく現れ、あっという間にトップスターになったという印象をお持ちの方も多いのではないだろうか。演技力を高く評価されているが俳優養成所や演劇系大学の出身ではなく、華やかさも兼ね備えながら、アイドルやモデル出身というわけでもない。独特の雰囲気を持つ女優・ワン・ジンは一体どのように誕生したのか、その魅力を出演作と共に振り返りたい。 【写真】ワン・ジンのピンクヘアも話題に。大ヒット映画『赤い糸 輪廻のひみつ』 ■デビューのきっかけはYouTubeにアップされた動画 1998年2月7日生まれ、2017年に女優デビューしたワン・ジンのブレイク作といえば、何と言っても『返校 言葉が消えた日』(2019)だろう。同名のホラーゲームを原作とした映画で、舞台は戒厳令により言論の自由が制限されていた時代の台湾だ。 ワン・ジン演じる女子高生ファン・レイシンが、放課後の教室で目を覚ますと校内から人の気配が消え、外に出られなくなっていて……レイシンは彼女を慕う男子生徒と共に脱出を試みるが、その中で、学校で起きた政府による迫害事件と事件のきっかけになった密告者の真相を知るというにダーク・ミステリーである。 当時デビュー3年目だったワン・ジンは、レイシンが心の中に押し殺していた不安、恐怖、恋慕、嫉妬、罪悪感という複雑な感情をにじみ出すかのように繊細に表現し、同年の台湾の映画賞「金馬奨」では主演女優賞に最年少でノミネート、翌年の台北電影節で主演女優賞を受賞し、「天才女優」としてブレイクした。 彼女は一体、どこで見出されたのか。それはYouTubeにアップされた1本の動画だというのだから驚きだ。デビュー前の2015年にあるタクシー運転手のYouTuberが車内のカラオケで歌うワン・ジンの動画を公開したところ「かわいい!」とネットで話題に。 それが映画『痴情男子漢(原題)』(2017)の制作チームの目に留まり、同作で主人公が憧れるマドンナ役としてデビューしたのだ。翌18年に公開の映画版『アウトサイダー~闘魚~』に不良と恋に落ちるお嬢様役で主演。本作は2004年に大ヒットした同名のドラマを、舞台を1987年に置き換えて製作されたものである。 その後、苛烈な学歴社会に翻弄される親子を描いたオムニバス「子供はあなたの所有物じゃない」(2018)の第3話「モリーの最後の日」で、ある日突然、自殺した優等生・モリー役に抜擢。親の期待に応えたい、でも本心を親に見せることはできない少女の苦しみを繊細に演じた。 自身と正反対の性格の少女を演じるにあたり、うつ病の資料や映像を研究し、日常からモリーになりきって生活することで、モリーを自身に取り込んで行ったのだという。本作でワン・ジンは台湾版エミー賞こと「金鐘奨」で助演女優賞にノミネートされ期待の若手女優として存在感を発揮した。 そして前述の『返校』で大ブレイク。さらにコロナ禍の隔離政策下で起きる親子関係の崩壊と再生を描く『瀑布』(2021)を経て、優等生役が似合い、胸に秘めた複雑な思いを表現するのに長けた若手という印象が強くなったところで、そのイメージをいい意味で崩したのが台湾で興行収入2億台湾ドルを突破したメガヒット映画『赤い糸 輪廻のひみつ』(2021)だ。 ■コメディで見せた絶妙なバランス感覚 『赤い糸 輪廻のひみつ』は愛する人を残して事故死した青年が、縁結びの神職「月老(ユエラオ)」として冥界から現世に舞い降りるというファンタジーラブコメディだ。ワン・ジンが演じたのは主人公のパートナーで鮮やかなピンクヘアが印象的なピンキー。口が悪く、お世辞にも優等生とは言えないピンキーをポップ&キュートに好演し、やんちゃな振る舞いの下に隠された切ない心模様を表現した。 そんな彼女の絶妙なバランス感覚は『僕と幽霊が家族になった件』(2022)でも遺憾なく発揮されている。ワン・ジンが演じた女性刑事リン・ズーチンの負けん気の強さとキャラクターと強烈なメイクに驚いた人も多いはずだ。 この1作だけでもコメディ、シリアス、劇中劇的シーン、アクションとワン・ジンの演技の幅広さを堪能できる。謎めいた彼女の行動は本作及びスピンオフのドラマ「正港署」(2024)でも鍵となっていくので、これから視聴する方はぜひリン・ズーチンの動向にも注目してみてほしい。 ■小説家の顔も持つ才女 今や誰もが認める新世代トップスターの一人となったワン・ジンは、小説家という顔も持つ。中学2年生で、単身で米国留学し、15歳のときに「菌菌」のペンネームで結婚に失敗した女性が主人公の恋愛小説『芭樂愛情(原題)』で作家デビュー。17歳までに2作目も書籍化されている。 「天才美少女作家」として話題になっていたが、過去のインタビューによると、彼女の創作のきっかけは、新しい環境に馴染めなかった当初にネット小説に夢中になり、自分でも書いてみようと思ったこと、そして離婚歴のある母親にもう一度、愛を信じてほしいという気持ちからだったそうだ。 俳優デビュー以来、新作小説は発表されていないが、彼女にとって小説家と俳優は「一つの物語を語る」という点で同じものであり、違いは「文字で語るか、体や表情を使って表現するか」なのだという。「天才作家」と「天才女優」、別々のキャリアのように見えて、彼女の中では一続きのものだった。それがワン・ジン独自のスタイルを築いているのだろう。 彼女は今日も演技の方でさまざまな物語をつむぎ、また文字を使ってSNSでワン・ジンという人間を表現している。美しくて、キュート、押しも押されもせぬトップスターでありながら、飾らない人間味あふれる姿を見せてくれるのが、彼女が多くの人に支持される理由だろう。 ■日本で見られるワン・ジンの出演作 『返校 言葉が消えた日』プライムビデオ(見放題)ほか 「子供はあなたの所有物じゃない」Netflix(見放題) 『瀑布』Netflix(見放題) 『僕と幽霊が家族になった件』Netflix(見放題) 「正港署」Netflix(見放題) 『我、邪で邪を制す』Netflix(見放題) 「悲しみより、もっと悲しい物語 The Series」Netflix(見放題) 「Watch WAVE MAKERS ~選挙の人々~」Netflix(見放題) 「此の時、この瞬間に」Netflix(見放題) 「華燈初上-夜を生きる女たち-」Netflix(見放題) 「いつでも君を待っている」プライムビデオ(見放題)ほか 文/沢井メグ