努力できない後輩と対峙。人に教えることで、教えられたこと【紺野ぶるま】
本当は興味津々なのに、決して踏み出せない――芸人 紺野ぶるまさんの自分観察。【連載「奥歯に女が詰まってる」】
教える立場になる女
先日、所属している事務所の養成所の講師なるものを何週かにわたってやらせていただいた。 まさか私が何かを教える立場になるなんて。 昔担当してくれた美容師さんが「なんでもある程度長くやったら、人に指導できるようにならないと」と仕事論を語っていたのを思い出したが、芸人の道の「ある程度長く」はどれくらいのことをいうのだろうか。 尊敬する先輩が「まだ30年目」と言う世界だ。 “初心を忘れたが最後”とみな気を張り、謙虚であろうと努力をしている。14年目の私なんて、まだ卵から孵ってもない感覚が強いられる。 せっかく頼んでもらったからには、全力で応えたいが何ができるだろうか。何も教えてくれないと言われがちなお笑い養成所だが、ニートだった自分は人生が変わった自覚があるしかなり有意義な時間を過ごした。「本人次第」ということだけでも伝われば、という思いで向かった。 しかし、いざ授業が始まり私がご挨拶程度に軽くボケると「おいおーい! めっちゃかましてくるや~ん!」と大学の新歓コンパ以下のノリをかまされ、膝から崩れ落ちそうになった。 そうだ、忘れてた。ここは「そのへんの芸人より自分は面白い」と信じて疑わない人間の集まりなのだ。 「養成所では何も教えてくれない」の真意をそこで理解した。 この段階で教えられることなんて一つもないんだよな。ここからコテンパにネタを否定されて、周りと自分を比べて「私は凡人だった」と気付かされるのだ。そして「0からでもやるか?」と自問自答する瞬間、人は初めてネタが書けるのだ。 彼らはまだその手前の手前の一番厄介な時期である。師匠クラスの人も使う稽古場だという想像力がない彼らは、掃除道具で野球をしていた。 掃除道具もそうだが、みんなが使う机や椅子をもっと丁寧に扱ってほしい。足を組まないでほしい。人が話してるときに私語はやめてほしい。 しかし遅刻や借金、性格の悪さでさえ仕事になる時代。自分の感覚に自信がない。老害と言われないだろうか。なによりいろいろ言ったらめちゃくちゃ偉そうにならないか? 彼らはお金を払ってここに来ているのだし、私はお金をもらっている立場だし…。 ああ、だめだ。やり過ごそう。「みんな頑張ってね!」と逃げるように帰ってきたが、どこか気持ち悪かった。 その気持ち悪さがしばらく忘れられず、2回目を頼まれた際には、大したお金ももらってないしもうしばき倒そう、と腹を括った。 案の定、今回も彼らは酷かった。 特技やエピソードなどを披露してほしいから用意してきて、と事前にアナウンスしていたのに手ぶらでくるものがほとんどだったのだ。用意していたとしても「言われた都道府県でギャグやります」と言って「千葉!ばっちー!」以下のものをその場で適当にやるといったような具合だった。 彼らは本当にまだ手前の手前なのだ。だから松竹もまだ卵の私を充てがったのだ。 「これをやるなら47個、事前に考えておけばいいだけじゃないかな? 大前提にその帽子はどういう意図で被ってるの?」 「なんか髪の毛セットするのめんどくさくて」 「取った方がいいよ。その理由も面白いわけじゃないし」 すんなり取った彼の顔が想像の三倍長くて、 私は「ほら、そっちのが興味もってもらえるって」と得意げだった。 「普段朝から晩まで仕事をしている人たちが大事なお金と時間を割いて自分を観に来てくれることを想像して、今日言ったところを次週直してきてね」 言葉を選んでいた1回目より彼らはずっと集中してくれ、返事も素直だった。それが嬉しかった。後輩にきちんと話ができて、大人として成長できている実感があった。来週はどんなことをしようかと待ち遠しかった。 そして当日、彼らは当たり前のように改善してこなかった。忘れていた。まだ「自分は才能の塊」と信じて疑わない時期なのだ。努力できるはずがない。ならばここは一体なにをするところなのだ? 帰り際、彼らのうちの主犯みたいなやつがワンピースを着だして「どうぞ美味しくいじってみてください」と言わんばかりに私の周りをウロウロしている。 なんか、泣きそうだ。二度と会いたくない。そのことを顔に隠さずにいると、 「すいません、あいつらが」 謝ってきたのはまだ唯一の10代の子だった。数時間ぶりに人と目が合った気がした。 彼らが芸人にならなかった際、私にとってはまた笑って頂く側になる。そうなったときに「養成所でふんぞり返ってた」なんてなにかに書かれるかもしれない。 ならば先に私が書いてやろう。そしてこんなに大変なら二度とやらないんだ。倍の金額もらうまでは。 ちゃんとしてるからって面白くなれるわけじゃないけど、ちゃんとしてない人ってもれなく面白くない。天才って呼ばれる人って、単純に素直な人なのかも。ああ、まだ14年目。先は長い。 最後に 素直な人とかけまして わんこ蕎麦と解きます。 その心はどちらものみ込みの早さがすごいでしょう。 TEXT=紺野ぶるま