2024年前半の「5G」振り返り。最大の課題解決も携帯各社の関心は「生成AI」へ
スマートフォンなどを利用する上で、最も根幹となるネットワーク。2023年にNTTドコモの通信品質が都市部で大幅に低下し、ユーザーの不満を大きく高めたことからも分かるように、モバイル通信ではデバイスや料金より、何よりもネットワークの品質こそが重要であることは間違いない。 【画像】総務省「4.9GHz帯における第五世代移動通信システムの普及のための特定基地局の開設に関する指針案について」 そのネットワークを巡って、2024年前半にいくつか大きな動きが起きている。以前にも取り上げた、楽天モバイルのプラチナバンドによるサービス開始などはその最たるものといえる。だが、業界全体の動向を考慮するならば、最も重要な変化となったのは3.7GHz帯を巡る問題が解消に至ったことではないだろうか。 ■2024年における携帯各社のネットワーク整備状況 3.7GHz帯は、5G向けとして新たに割り当てられた周波数帯の1つ。データの通る道幅を示す周波数帯域幅が100MHzと、4G向けの周波数帯と比べてとても広いことから、5Gらしい高速大容量通信を実現するのに重要な周波数帯の1つとなっている。だがこの帯域は衛星通信にも用いられているため、衛星と無線通信のやり取りをする「地球局」と呼ばれる施設の周辺で、電波干渉が起きてしまうことが問題となっていた。 それゆえ携帯各社は、衛星通信に配慮して3.7GHz帯の基地局整備を進める必要があり、基地局からの電波出力を大幅に小さくしたり、干渉が生じないよう最適ではない角度にアンテナを向けたりするなどの対応が求められた。都市部に地球局が設置されていた関東圏では、とりわけ電波干渉の影響で思うように基地局整備を進められず、それが日本で高速通信ができる5Gのネットワーク整備が大きく遅れた要因の1つにもなっている。 だが、衛星通信事業者側がその地球局を別の場所に移動したことで、干渉の影響が大幅に緩和。関東でも地球局の移動が完了したことで制約が劇的に少なくなり、2024年4月以降、ようやく3.7GHz帯の本来の力を発揮できるようになったのである。 3.7GHz帯は携帯4社全てに割り当てがなされていることから、4社ともにその恩恵を受けることになるのだが、中でも最も大きな恩恵を受けているのがKDDIだ。なぜならKDDIは、4社の中で唯一3.7GHz帯を2つ割り当てられており、衛星干渉の緩和を見越して、3.7GHz帯の基地局整備に力を入れてきたからだ。 それゆえKDDIは、衛星通信の干渉影響が緩和された2024年4月以降、3.7GHz帯の基地局からの電波出力を最大化。それに加えて、やはり干渉によって制約が生じていたアンテナの角度も、広範囲をカバーできるよう最適化を図った。 その結果同社の3.7GHz帯のエリアは、衛星干渉の影響が最も大きかった関東圏で2.8倍に拡大。他の地域でも関東圏ほどではないにせよ、やはり出力の最大化などでエリアは広がっているそうで、高速大容量通信の恩恵をより多くの人が得られるようになったことは間違いない。 ■5G向け「4.9GHz帯」の割り当てによる影響 そしてもう1つ、大きな動きとなるのが新たな周波数割り当てだ。総務省は7月2日、5G向けの新たな周波数帯として「4.9GHz帯」を、2025年度末までに割り当てる指針案を打ち出している。 4.9GHz帯とは4900~5000MHzの周波数を指しており、その帯域幅は3.7GHz帯と同じ100MHz。総務省では4.9GHz帯を1社に割り当てる方針案を示している。だがこの周波数帯の割り当てが今後、日本で販売されるスマートフォンに大きな影響を与える可能性が高いのだ。 なぜならこの周波数帯は、NTTドコモに割り当てられている4.5GHz帯(4500~4600MHz)と同じ、5Gの「バンドn79」に属する帯域だからだ。バンドn79は日本を除くと中国など一部の国でしか使われていないことから、対応するのに独自のカスタマイズが必要で開発にもコストがかさむことが多い。それゆえ現在日本で販売されているスマートフォンは、NTTドコモから販売されているものを除くとバンドn79に対応していないものが非常に多い。 だが、もし4.9GHz帯がNTTドコモ以外に割り当てられた場合、バンドn79を使う携帯電話会社が2社に増えることになる。そしてこの周波数帯の獲得に最も力を入れると見られているのが、現在3.7GHz帯を1つしか割り当てられておらず、NTTドコモやKDDIと比べ保有する5G向け周波数帯の数が少ないソフトバンクである。 それゆえ、仮にソフトバンクが4.9GHz帯の免許を獲得したとなれば、スマートフォンメーカーもバンドn79を無視し続けるわけにはいかなくなるだろうし、バンドn79への対応を理由として端末の値上げが進む可能性もある。そうした意味でも今後、4.9GHz帯の免許が最終的にどの会社に割り当てられるかは大いに注目されるところだ。 そして3.7GHz帯や4.9GHz帯など、大容量通信が可能な5G向けの周波数帯によるエリア整備が進むことは、5Gの最大の課題でもある「儲からない」という問題の解消にもつながってくる。日本では4Gの時と比べ、5Gのネットワーク整備が進むスピードが遅いと感じている人も多いだろうが、そこには3.7GHz帯の電波干渉問題だけでなく、整備しても儲からないというビジネス上の問題も非常に大きく影響している。 4Gの時はスマートフォンという、利用を促進するキラーデバイスが存在していたことから、携帯電話会社も4Gの整備をすればスマートフォンの利用が増え、通信料が増えるという明確なメリットがあった。だが5Gでは、そうした利用を促進するデバイスやサービスが登場しておらず、5Gを積極的に整備してもスマートフォンの通信料以上に収入を得るのが難しい。 一方で、日本では政府主導で携帯電話料金の引き下げが進められるなど、そのスマートフォンから得られる収入自体も大幅に引き下げられてしまった。それゆえ携帯各社が5Gを積極的に整備するモチベーションが湧かず、整備にかけるコストを抑えているのが実状なのだ。 だが、高速大容量通信が可能な周波数帯の利用が進めば、5Gで通信する人が増え、4Gと5Gを一体で運用するノンスタンドアローン(NSA)運用から、5Gのみで運用できるスタンドアローン(SA)運用に移行がしやすくなる。そしてSA運用の5Gに移行すれば、ネットワークを仮想的に分割し、特定の用途に特化した専用線のようなサービスを提供できる「ネットワークスライシング」という技術が使えるようになり、それを企業に提供することで新たな収入源を確保できることが見込まれている。 それだけに日本の携帯電話会社には、SA運用への移行を進めるため5Gに対する積極的な投資が求められるところ。だが、ここ最近の携帯各社の動向を見ると、5Gへの投資は一層抑制し、ブームが起きていてより儲かりそうな「生成AI」へ投資をシフトしているのが実状だ。 儲からないことを理由に、携帯電話会社自体の関心がモバイル通信から離れつつあることは日本のモバイル通信技術の低下、ひいては国際競争力の低下へとつながりかねないだけに、非常に気がかりな動きでもある。
佐野正弘