【毎日書評】大阪生まれの在日コリアンが30歳で韓国留学して気づいた「K-POP」が人気の理由
圧倒的な熱気に支えられている韓国の音楽文化
ご存知のとおり、K-POPは現在、世界中で大きな支持を得ています。前述のように著者もその影響を受けているひとりであるわけですが、興味深いのは、いまのK-POPの熱気を日本のポピュラー音楽史に例えている点です。 日本の音楽シーンと聞いて思い出すのは、1980年代のバンドブーム、90年代のJ-POP全盛期、ゼロ年代のアイドル戦国時代などなど。いまの韓国の音楽文化は、それらを“一緒くたにしたような感じ”ではないかというのです。 たとえば以下は、著者が観た韓国の学園祭についての記述。学園祭は、K-POPアーティストが盛り上げるのが恒例になっているのだといいます。 ヒップホップからアイドル、バンドまで、なんでもあり。この日のライブを日本のアーティストで例えると、最初にラッパーのPUNPEE(パンピー)が出てきたと思ったら、次はAI(アイ)がぶち上げて、最後は宮本浩次率いるエレファントカシマシが締める、という感じか。僕の好みの例えで恐縮だが。 これだけ多くの大学生がヒップホップからソロシンガー、バンドの曲まで知っていて、しかも歌えるというのが、日本的な感覚ではちょっと信じられない。K-POPの奥深さ、底知れなさを感じた。この国の音楽文化はすごい。(138ページより) なお著者によれば、これだけの若者を歌わせる音楽には“歌わせる理由”があるようです。(138ページより)
「民主化」したからこそ生まれたK-POP
韓国の学園祭に参加した著者は、「K-POPは民主主義下でしか生まれ得なかった音楽である」と感じたというのです。どういうことでしょうか? まず、これだけ多くの学生が大学の広場(「民主広場」と呼ばれている)に集まったことから見えてくる、「集会の自由」の保証である。 もし、権威主義国家なら、多くの若者が広場に集まることは不都合なことである。目的が音楽だったとしても、いつでも政治的な抗議集会に変貌する可能性があるからだ。 若者が自由に集まれることが保障されていることは、民主主義社会の特徴だ。(139ページより) これは、生まれたときから民主主義国家に生きている私たちには、指摘されない限り実感できないことではないでしょうか。以下の記述についてもそれは同じです。 次に感じたのは「言論・表現の自由」だ。アーティストが大勢の前で、自由に音楽を奏でること。音楽はいつでも政治的なメッセージを持ち得る。その可能性を許容できる社会でなければ、このような大規模なライブは行ないだろう。(140ページより) このことに関連し、著者は金成玟『K-POP 新感覚のメディア』(岩波新書、2018年)を参考にしながらK-POPの歴史を振り返っています。理由は、K-POP自体が、韓国の民主化の影響を強く受けてきたから。 金成玟によると、K-POPの原型が誕生したのは、韓国が民主化した1987年から1997年の間だという。 この時期、韓国社会は民主化、市場の解放、国際化という転換期にあった。消費社会化が進むとともに中産階級が拡大し、大衆は新しい音楽を求めていった。それまでの韓国の音楽は日本やアメリカを模倣するものが多かったが、「表現の自由」の拡大とともに、自己の音楽を創出し始めたのである。(140ページより) 1987年の民主化以降、韓国のポピュラー文化を取り巻く環境は大きく変わったということ。同年の万国著作権条約(UCC)の批准、翌年のハリウッド映画の直接配給開始、1990年の民営放送設立自由化などの措置も重要。1988年からはEMI、ワーナーミュージックなどの海外レコード会社も、韓国市場での直接配給を開始しています。 ちなみに話はそれますが、韓国で2015年に放送された『恋のスケッチ~応答せよ1988~』というドラマ(Netflixで視聴可能)では、この時代の韓国の空気感を体験できます(この作品以前に、『応答せよ1994』『応答せよ1997』も)。 いずれにしても、「大勢の若者が一堂に会してヒップホップに酔いしれる」という光景自体、韓国社会の民主化がなければあり得なかった光景だということです。なお韓国では現在、日本の人気ユニット「YOASOBI」が人気だそうで、ここではYouTubeにある韓国語のコメントもいくつか紹介されています。ひとつだけご紹介しましょう。 <こういう文化交流はいいと思います。韓国のアイドルも日本に行って音楽番組にたくさん出演しているのに、なぜ日本の歌手は韓国の音楽番組に出たことで悪口を言われないといけないのか理解ができませんね>(143ページより) 日韓関係は政治的な意味では決して安定しているとはいえませんが、そんななか、音楽を筆頭とする“文化”が重要な役割を担っていることは間違いなさそうです。(139ページより) 冒頭でも触れたとおり、在日コリアン三世として日本に生まれ育った著者にとって、韓国は“異国”。 そんな地で見聞きしたさまざまなことを明かした本書は、読みものとして純粋に楽しむことができます。また、韓国についての知られざるトピックスを確認できるという意味でも魅力的。視野を広げるためにも、ぜひ読んでおきたい一冊です。 >>Kindle unlimited、2万冊以上が楽しめる読み放題を体験! Source: ワニブックスPLUS新書
印南敦史