仁義なき戦いから一転、ブラザー工業はローランドDGの買収を“断念”(有森隆)
【企業深層研究】ブラザー工業(上) 日本企業のM&A(合併・買収)の流れが大きく変わってきた。これまでは双方の合意に基づく買収がほとんどだったが、今では同意なき買収が珍しくなくなった。 “エッフェル姉さん”は何しに豪州・韓国へ? GWに再び海外視察、松川るい事務所を直撃した 乗っ取りは、やりたい放題。“仁義なき戦い”が主戦場となってきたが、失敗する事例も出てきた。 プリンターやファクスなど情報通信機器を製造するブラザー工業は3月13日、業務用プリンター大手ローランドディー.ジー.(DG)に買収を提案すると発表したが、今月9日、事実上の白旗を掲げた。ブラザーはM&Aを一から練り直す。 ローランドDGは、米投資ファンドのタイヨウ・パシフィック・パートナーズと組んでMBO(経営陣が参加する買収)を実施している最中だった。ブラザーはローランドDGの同意を得ておらず、MBOに対抗する形の買収となった。 ブラザーは1株5200円でTOBを実施するとしてきた。ローランドDGのMBOのためのTOB価格(5035円)を上回り、買収総額見通しは640億円。MBOが不成立となることを前提に、5月をメドにTOBを開始する、としていた。 タイヨウがブラザーを上回る価格を提示するかにかかっていたが、4月26日にブラザーのTOB価格を上回る5370円に引き上げると表明した。 ローランドDGは1981年、電子楽器大手ローランド(浜松市)の関連会社として設立された。2000年に当時の東証2部に上場し、02年に東証1部に昇格した。 親会社のローランドで創業者と経営陣の対立が起きる。創業者は梯郁太郎(17年4月に87歳で死去)。電子ピアノやドラム、ギターシンセサイザーなど電子楽器を数多く世界に送り出した。80年代に演奏情報を電子信号に変換して伝送するための世界共通の規格「MIDI」(ミディ)を生み出した功績が評価され、13年米グラミー賞のテクニカル・グラミー賞を個人の日本人として初めて受賞した。 創業者の梯と社長の三木純一の意見の違いが明らかになったのは13年のことだ。ローランドは13年3月期まで4期連続の赤字を計上したため、三木ら経営陣はタイヨウ・パシフィック・パートナーズと組んでMBOを計画した。これに対し、「MBOはタイヨウによる乗っ取りだ」と梯は強く反発した。 ローランドDGは広告・看板向けインクジェットプリンターで世界首位級の優良企業だ。 ■「こんなおいしい話はない」 14年6月27日に開かれたローランドの定時株主総会に車イスで出席した梯は「MBOをやると、DG(の株)がそのまま付いてくる。(タイヨウにとって)こんなおいしい話はない。それが、わかっていますか」と質問。MBOではドル箱のローランドDGを手に入れるタイヨウだけが利益を得ることになるから、「投資ファンドによる乗っ取りだ」と強硬に主張した。 三木が代表取締役となっている特別目的会社が実施したTOBは14年7月に成立。ローランドは同10月に上場廃止となった。 そして、6年後の20年12月、ローランドは東証1部(現・東証プライム)に再上場を果たした。出口戦略でタイヨウはボロ儲けした、といわれている。 タイヨウは22年、任天堂創業家の資産運用会社ヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィス(YFO)に買収された。YFOは実績を上げるため、MBOによっていったん非上場となった優良銘柄を再上場させる作戦に打って出た。 「そのMBO待った」と大手を広げて立ちふさがったのがブラザーなのである。 =敬称略、つづく (有森隆/経済ジャーナリスト)