齋藤孝 38億年続く生命の歴史。その物語を読み解く86歳の生命科学研究者が辿り着いた境地とは…「老いをマイナスとしてばかり捉える必要はない」
2022年7月の厚生労働省の発表によれば、2020年に生まれた人のうち、男性の28.1%、女性52.6%が90歳を迎えると予想されるなど、長寿と呼ばれる人の割合は年々増えています。一方「年を重ねたからこそわかる本があり、読書を始めれば、何歳でも人は変わることができる」と話すのが明治大学文学部の齋藤孝先生です。齋藤先生曰く、「生命科学」研究の草分け的存在・中村桂子さんの言葉から学ぶことは多いそうで――。 齋藤先生の新刊『人生最後に後悔しないための読書論』 * * * * * * * ◆中村桂子さんが創始した「生命誌」とは 「月刊誌」「週刊誌」といえば雑誌を指しますが、雑誌以外の「誌」もあります。それが「生命誌」。三八億年前から続くあらゆる生命の膨大な歴史の物語を読み解こうという試みを指します。 これを創始されたのが、JT生命誌研究館名誉館長の中村桂子さん。もともと日本における「生命科学」研究の草分け的な存在でした。 しかしその研究は、しだいに生命を機械のように捉えて機能や構造を解明することに主眼が置かれるようになったとのこと。そうではなくて、生きものとして全体を捉えて研究すべきではないかと考えて立ち上げたのが「生命誌」だったそうです。 その中村さんの近刊『老いを愛づる』(中公新書ラクレ)は、フィクションも含めた各界の方々の言動や作品を素材にしつつ、生命についての考察を深めたエッセイ集です。 共通するテーマは「自然体で暮らす」ということ。刊行時に八六歳の中村さんが、その年齢を素直に受け入れ、「老いをマイナスとしてばかり捉えるのでなく、なかなか面白いところもあると思っている気持ちを語ってみたくなりました」として書かれたのがこの本です。
◆謙虚に生きるということ たとえばこの中で、染織・紬織の人間国宝・志村ふくみさんについて紹介されています。その志村さんの言葉がすばらしい。 <空や海、虹や夕焼けの色は、ものに付いているものではないから手で触れることはできません。葉っぱや大地は色がものになりきっています。私の仕事はこの中間にあってものの中にある色が溶けこんできた液体を用いて糸を染めるのです。色が出てくる時に、パッと手を添えてそのお手伝いをしているのです。出しゃばると色はそっぽを向いてしまうんです> 万物の霊長などと偉ぶらず、あくまでも自然界の一員として謙虚に生きることで、地球上にあふれる生命の力を感じ取ることができるということでしょう。志村さんはいつも、植物の「命をいただく」「色をいただく」という言い方をされているそうです。 実際、染織の世界というのは、たいへん奥深いものらしい。同じく染織家・吉岡幸雄さんの著書に『源氏物語の色辞典』(紫紅社)があります。困難と言われていた、現在は存在しない平安時代の色の再現を吉岡さんが成し遂げたのですが、それを写真で紹介しているのがこの本です。「源氏物語」の世界がどんな色で彩られていたのか、それを知るだけでもワクワクしてこないでしょうか。
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