筋トレ嫌いなパーソナルトレーナーが人気YouTuberになるまで 片倉岳人の異色な経歴に迫る
日頃抱えるストレスも相まって、人々の健康的な悩みは尽きない。健康面で最もポピュラーな悩みといえば、体重の増減だろう。そんな悩みに寄り添う救世主的な存在が、YouTubeチャンネル「片倉岳人/ダイエットの知恵袋」を運営している片倉岳人だ。 【写真】片倉岳人の撮り下ろしカット 専門性の高いYouTubeチャンネルが乱立している昨今。運動法や食事療法などを楽しく学べる現役パーソナルトレーナーである彼のチャンネルは、世代を問わず頼りにされている。事実、YouTubeのチャンネル登録者は、登録者数56万人を誇る。(2024年5月29日時点) 本インタビューでは、YouTube活動を始めたきっかけや「三流、二流、一流」シリーズや「問題ないです」など人気ショート動画フォーマットが生まれた経緯などを語ってもらった。 ・昔は“筋トレ嫌い”だった ーーパーソナルトレーナー兼YouTuberということは多くの視聴者さんがご存じだと思います。片倉さんはこれまでずっとパーソナルトレーナーという職種に従事されたのでしょうか? 片倉岳人(以下、片倉):大学を卒業後は、別の仕事をしていましたね。僕は運動が好きだけど、体育会系のノリについていけないタイプだったんです。大学がスポーツ系ということもあり、体育教師を目指す人も多かったのですが、自分には無理だなと思って。そこで普通に就職活動をして、繊維系の商社に新卒で入社しました。 ーー最初は、運動とはあまり関係のないジャンルだったんですね。 片倉:はい。でも、社風が合わずに、1年弱で退職してしまいました。なにをしようか悩んでいたときに、ジムのアルバイトをしてみたんです。仕事をしていく内にパーソナルトレーナーの仕事が向いていると思い、資格を取得。いまに至ります。 ーーパーソナルトレーナーの業務は、具体的にどのようなことをされているのですか? 片倉:現在は、ジムを構えているわけではないので、レンタルオフィスをお借りして、そこでトレーニングを行っています。食事指導などをイメージがあると思いますが、自分の場合、今はトレーニングのみです。5~6年一緒にやっている方とのトレーニングはいつも近況報告会のような雰囲気があります(笑)。 ーーそれは楽しそう(笑)。大学がスポーツ系ということは、筋トレも昔からされていたのでしょうか? 片倉:いや、まったくしていなかったです。これは多分、陸上部あるあるだと思うのですが、筋トレをしていると短距離のタイムが上がらないという迷信(?)があって。それを信じていたので、筋トレはしていませんでした。むしろ、毛嫌いしていたくらいで。だから、大学時代の友人に会うと「なんで、いまになって筋トレしてんの?」と驚かれます。 ーー筋トレ嫌いだった方が、パーソナルトレーナーに! 珍しい変化ですね。 片倉:いま思えばちょっともったいなかった気もします。当時からやっておけばよかったなぁって。 ・「僕もできるから君もできるでしょ?」自分とお客様の“当たり前”は違う ーーパーソナルトレーナー兼YouTuberとしての活動を始めたきっかけを教えていただけないでしょうか? 片倉:六本木の方にジムを構えていたので、その集客を兼ねてというのが大きいですね。最初は、よこしまな気持ちでした(笑)。 ーー片倉さんがYouTubeチャンネルを開設された2019年は、現在と比較すると、ビジネス層がそこまでYouTubeに参入していなかった印象です。動画投稿に目をつけた理由を教えてください。 片倉:もともとはブログをやっていたんです。だから、ブログにあげる記事の台本を作って、それを動画に転用しちゃおうくらいの感じでしたね。1つの努力で2つの成果が欲しいみたいな。だから、初期の動画はブログっぽいものが多かった気がします。 ーー動画投稿を続けるなかで、ターニングポイントのようなものはあったのでしょうか? 片倉:ターニングポイントをあげるなら、動画投稿のなかでというよりは、トレーナーとしての体験が大きいです。お客様に対して、「僕もできるから君もできるでしょ?」といった感じで押し付けてしまうことが多くありました。常に運動してきた僕のなかの“当たり前”と、これから頑張ろうとしている人の“当たり前”の基準の違いに気づけませんでした。だから、そんな考え方は良くないと気づいてから、YouTubeに対する捉え方も変わり、登録者数も伸びていきました。 ーー片倉さんが発明された動画フォーマット「三流、二流、一流」の“三流”の考えに近いですね。 片倉:実際、過去の自分を三流と認識していますね。根底にあった思考だからこそ作れるコンテンツではあります。 ーーそうなんですね。コンテンツを作る上で、具体的に参考にされたYouTuberさんや動画はいらっしゃいますか? 片倉:Fラン大学就職チャンネルさんは、すごい勉強になりました。いちばん影響を受けている感じがします。『銅の剣をなんで売らないんですか?』(※)という長編動画があるんです。利害関係とか一番刺さったのはそれですかね。かなり影響を受けた感じがします。 (※)『銅の剣をなんで売らないんですか?』とは、「Fラン大学就職チャンネル」の動画であり、同氏による小説。中世風ファンタジー世界を舞台として、勇者たちが最初に立ち寄る村で、最良の武器などではなく銅の剣までしか販売しないシステムに対して疑問を抱いてしまった商人見習いが、このシステムを是正しようとする物語。 ーーえぇ、驚きました!(笑) 片倉さんのYouTubeとは、チャンネルのタイプがかけ離れているので……。 片倉:情報源は同じ分野でないことが多いんです。異文化の方が学ぶものがあったりするので。だから、YouTubeもダイエット系や筋トレ系はあまり観ないです。コミュニケーションに悩んで、学びたいと思ったときも、子育ての本を読んでみたりとか、ちょっとズレたところで学びを得ようとする節があります。 ーーなぜ、子育ての方なのでしょうか? 片倉:コミュニュケーションを学びたいと思って手に取った本は、僕にとって都合のいいものになりがちです。思い込みも乗っかると思うし。異文化の情報源の方が、思わぬところから自分の課題を解決できる情報が得られる場合もありますね。 ーーなるほど……。面白いインプット方法ですね。 片倉:研究してやろうというよりは、楽しんで観ている感じで、義務感がないんですよね。たとえば、映画鑑賞も僕にとってはインプットになっていて。これ、なんで面白いんだろう? とか考えて、頭のなかでごちゃごちゃかき混ぜるのが楽しいです。ドラマのなかでは、『古畑任三郎』がすごく好きで、表情が面白いなとか、行間でどう伝えるかとか。そういった部分が、動画上での演技にも生かされている気がします。 ・“坊主”にしたことでコンテンツ作りが円滑に ーー片倉さんのYouTubeチャンネルを拝見させていただくと、サムネイルの作り方が変わった瞬間があると思いました。この背景を教えていただけないでしょうか? 片倉:サムネイルの作り方が変わったのは、先ほど話したブログ期は露骨に視聴者数が伸びていなかったので、これはなにかテコ入れをしないと! と思ったからですね。そのおかげで登録者数1万人くらいまではいったんですけど、伸び悩んでいる感じがあったので、次は自分を売り込んでいこうと。ちょうど、坊主にした時期でもあったので。 ーー坊主はキャラ付けとしては完璧ですね。 片倉:本当に。しかも、坊主にしてからは、コメントの内容も変わってきて。 ーー具体的には、どのように? 片倉:「もっと面白さを出してほしい」という声が増えてきました。そのあたりからは、コメントをかなり重視するようになりましたね。髪型を遡ってもらえれば分かるのですが、黒髪ショート期は、自分が言いたいことを言っていたときで、金髪になったあたりから相手が求めているものはなんだろう? と考えるフェーズに入った気がします。 ーーたくさんのコメントが届くと思います。それらを取り入れる際に、意識されていることはありますか? 片倉:たとえば、「痩せたいんですけど、どうしたらいいですか?」というコメントがあるとするじゃないですか。その裏側を読み解くようにしています。 ーー裏側というのは? 片倉:おそらく、「痩せたい」という言葉の裏には、もっと自分を好きになりたいとか、そういった根っこで抱えている問題があると思うんです。「痩せたいんですけど、どうしたらいいですか?」という質問は、そこから派生している。だから、モヤモヤを言語化して、少しでも心を楽にしてあげる存在になるのが理想ですね。その人に刺すことができたらOKみたいな。 ・最も重要なのは、いい刺さり方をしているかどうか ーー先ほどもお話にあがった「三流、二流、一流」や「問題ないです」など、片倉さんの考案したショート動画のフォーマットは、かなりバズっていますよね。フォーマットを作る上で、意識されていることはありますか? 片倉:キャラコント系のYouTuberさんの動画を観たとき、“人”にファンが付きにくいと感じることがあったんです。多分、僕の場合はショート動画が回らなくなったとしても、生放送に来てくれるような濃いファンは残ってくれるはず。でも、ショート動画だけを視聴する層は、そのままいなくなってしまうと思うんですよ。僕も昔は、金髪のおさげちゃんというキャラクターを使って、いわゆるキャラコント系のシリーズ動画を作ろうとしたこともあったんですけど……。 ーー明日は我が身と思って、いまのフォーマットに辿り着いたと。 片倉:そうですね。ただ、「三流、二流、一流」シリーズに関しては、三流がよくない刺さり方をしてしまうことがあるので、最近は使わないようにしています。負の気持ちになる瞬間があるのは、僕の本望じゃないなと思って。逆に「問題ないです」シリーズは、良い刺さり方しかしないので。 ーー良い刺さり方というのは? 片倉:「心が軽くなりました」というコメントがついたり。僕の動画を刀に、コメントでほかの人を傷つけていないか? というのを確認しています。再生回数とかいいね数よりも、いい刺さり方をしているか? を意識しています。たとえ伸びなかったとしても、誰かにとっていい刺さり方をしているのなら、それでいいなって。 ーーそれでは最後に、今後の展望を教えてください。 片倉:自分の意見を強く持ちすぎていたら良くないと思っているので、今後も視聴者さんの声を大事にしながら、楽しい動画を配信していきたいと思います。
取材=丹治健太、構成=菜本かな