人類冬眠計画に挑む!難病治療、老化抑制、記憶リセット…クマでお馴染み「冬眠」をヒトに応用すると未来はどうなる
■ ヒトが自由自在に冬眠できる未来 砂川氏の研究のゴールは、人類冬眠計画の達成にある。人工的なヒトの冬眠が可能になれば、臓器移植の際の臓器の運搬などで大きなメリットを得られるだろう。あるいは治療に緊急を要するにもかかわらず医療機関が遠くにある場合なども、患者をいったん冬眠させてから運べばよくなる。冬眠は生きるための時間稼ぎをしてくれるのだ。 「人工冬眠を実現できれば、時間の概念が大きく変わるでしょう。仮に治療法がもう少しで見つかりそうな病気にかかった場合なら、その治療法が確立されるまでの数年間を冬眠して待つ手も出てきます」 「そのときには年齢もしくは寿命についての捉え方も、今とはまったく異なるものになるでしょう。なぜなら冬眠している間は、老化が遅れる可能性も高いと考えられているからです」 もちろん人工冬眠を実現するためには、まだいくつもの課題をクリアしなければならない。なかでもヒト特有ともいえるのが、脳に関わる問題だ。平常時の脳は、ヒトの全消費カロリーのうち20~25%を消費している。だからこそヒトならではの脳の働きを維持できている。 哺乳類の中にも冬眠する動物はいるが、ヒトほど脳の大きなものはいない。仮にヒトの人工冬眠が可能になったとして、そのとき脳はどのような状態に置かれるのか。
■ 究極のゴールは「冬眠医療」 「ヘルシーな脳を維持するためには、冬眠中もそれなりのエネルギー補給が必要です。逆に考えれば、エネルギーを制御して冬眠した場合には、記憶を失う可能性も出てきます。もっとも冬眠中に記憶が飛んでしまうのなら、それで人生をリセットするなど新たな使い道があるかもしれません。寝ている間に記憶を書き換える技術が開発され、冬眠から覚めたときにはまったく違う人格になっている、などという可能性も出てきます」 いささかSFチックな未来像はともかくとして、冬眠は老化抑制にもメリットをもたらしてくれるのだろうか。冬眠中は変化を抑えられるのだから、老化も遅らせられるのではないか。 「その可能性はあります。ただし老化が進まないとしても、決して若返るわけではありません。だから冬眠技術単体での若返りは難しい。ただ冬眠を続けている間に老化のメカニズムが解明されて、老化に対する治療介入の方法が開発される可能性は否定できません。あるいは冬眠状態に限って通常ならできない治療を施せるようになり、体を一新した上で目を覚ますといった方法もあり得るでしょう」 仮に次世代型の冬眠医療が実現したとき、世の中はどう変わるのだろうか。「それこそが私の研究の究極のゴール、つまり現状では治療できない命を救える可能性が出てきます。未だに小児科医を続けている理由は、一人でも多くの、病に悩む子どもたちの未来を取り戻すためですから」 竹林 篤実(たけばやし・あつみ) 理系ライターズ「チーム・パスカル」代表 1960年、滋賀県生まれ。1984年京都大学文学部哲学科卒業、印刷会社、デザイン事務所を経て、1992年コミュニケーション研究所を設立し、SPプランナー、ライターとして活動。2011年理系ライターズ「チーム・パスカル」設立。2008年より理系研究者の取材を開始し、これまでに数百人の教授取材をこなす。他にも上場企業トップ、各界著名人などの取材総数は2000回を超える。著書に『インタビュー式営業術』『ポーター×コトラー仕事現場で使えるマーケティングの実践法がわかる本(共著)』『「売れない」を「売れる」に変えるマーケティング女子の発想法(共著)』『いのちの科学の最前線(チーム・パスカル)』
竹林 篤実