人類冬眠計画に挑む!難病治療、老化抑制、記憶リセット…クマでお馴染み「冬眠」をヒトに応用すると未来はどうなる
■ 動物の基本は眠っている状態? 「眠らない動物は、今のところ見つかっていません。だから、おそらくあらゆる動物は眠ると考えられています。けれども、眠りをコントロールする遺伝子が見つかっているわけでもない」 「今のところ明らかになっているのはサーカディアン・リズムの存在です。体内時計はほぼ24時間単位でコントロールされていて、その遺伝子も明らかになっています。けれども眠りについての決定的な遺伝子、具体的にはその機能を停めてしまうと、眠らなくなるような遺伝子は見つかっていません」 だとすれば、動物とは本来眠っている状態がデフォルトであり、起きている状態をオプションとする考え方も成立するのではないか。仮に動物とは基本的に眠っている生き物であり、活動などで必要なときだけ起きるのだとすれば、「そもそも冬眠物質などは存在しない可能性も考えられます」。 もちろん今後、冬眠遺伝子発見の可能性はある。ただし、その場合でも「おそらくは数十個の遺伝子が関連して機能している可能性が高いでしょう」と砂川氏は予測する。
■ 冬眠中の体内では何が起きているのか 冬眠のメカニズム自体はまだよくわからないものの、冬眠している動物の体内で起きている現象は明らかにされつつある。 まず消費する酸素量が減り、これに伴ってエネルギーや栄養分、脂肪などの消費も少なくなっている。つまり冬眠中は、一種のエネルギー停止状態に陥っているのだ。ただエネルギーを供給されないからといって、細胞が何らかのダメージを受けているわけでもない。 「細胞内のエネルギー産生、つまりATP(アデノシン三リン酸=エネルギーの供給源)の製造工場であるミトコンドリアの活動もスローダウンしています。ほとんど動かないのだから、エネルギーをつくる必要もないのでしょう。ただ、ミトコンドリアの活性が自動的に落ちているのか、それとも脳からの指示により積極的に抑制されているのかは議論の分かれるところです」 なぜ冬眠するのかといえば、食べ物のない状態を「予測」するからだ。予測するのは脳であり、冬眠中に空腹感に悩まされないように食欲をコントロールするのも脳だ。だから砂川氏は「おそらく脳がコントロールしている」と話す。その上で、脳が体へと指示を出すルートは2つ考えられるという。 「1つは液性因子、つまりホルモン状の物質が脳から分泌されて、体中に巡らされるのです。もう一つは神経による支配で、各臓器を支配する神経からの制御を受けて、それぞれの臓器が代謝を落とす。おそらく両方のメカニズムの働いている可能性が高いと思います。また臓器ごとに冬眠に入る順序も決められているでしょう。他の臓器に先駆けて、いきなり心臓だけがほぼ動いていない状態になったりすれば、危険極まりないわけですから」 通常なら活発に分裂~再生を繰り返している細胞、たとえば腸壁細胞などでも冬眠中は細胞分裂が一気に抑えられる。そもそも食べ物の吸収のために使われる腸壁だから、何も食べなければ使われたりもしない。だから細胞を新しくする必要もない。動物が生きていくうえでとても重要な役割を果たしている腸内細菌は、冬眠中にどうなっているのだろうか。 「腸内細菌は当然ですが、腸内温度の変化に影響されます。体温37℃のときに活性を示す細菌は、冬眠時には当然減るでしょうし、逆に低温でも生存できる細菌が増える。マウスレベルですが、冬眠中の腸内細菌の変化についての研究には、すでに取り掛かっています」