全5試合、510分間無失点も最後に届かなかった「数センチ」は未来への伸びしろ。C大阪内定の明治大GK上林豪が4年間で積み上げてきた紫紺の日常の価値
[12.25 インカレ準決勝 新潟医療福祉大0-0(PK4-3)明治大 栃木県グリーンスタジアム] 【写真】「美しすぎ」「めっちゃ可愛い」柴崎岳の妻・真野恵里菜さんがプライベートショット披露 4年間のすべてを懸けて挑んだ最後の全国舞台。全5試合、510分間でこの男が立ちはだかるゴールネットが揺れることは、一度もなかった。それでもたどり着けなかった日本一の景色。わずかに届かなかった数センチが分ける未来の価値を、今度はプロの世界でひたすら追い求めていく。 「絶対に勝たなければいけない状況で勝ちを持ってこれなかったのは、自分の力不足以外の何物でもないですし、まだまだもっと改善できる部分があるということを、サッカーの神さまからお告げとして言われているのかなとも思います。自分は幸いに卒業後もサッカーができるので、この悔しさや反省を次に生かして、さらに成長します」。 明治大(関東1)が誇る情熱の守護神。GK上林豪(4年=C大阪U-18/C大阪内定)は全身全霊を注ぎ込んだ紫紺の日常を糧に、慣れ親しんだ桜のエンブレムを背負って、新たなステージへと飛び込んでいく。 取材エリアに現れた上林は、小さな深呼吸を経て、大学ラストゲームが終わった瞬間の想いをこう明かす。「もちろん整理がつかないところはありましたけど、『本当に明治に来て良かったな』と思いましたね。明治への感謝、栗田(大輔)監督への感謝が一番強かったです」。 栃木県グリーンスタジアムが舞台となったインカレ準決勝は、スコアレスのままPK戦へと突入。明治大は2人のキッカーが相手GKのセーブに遭ったのに対し、新潟医療福祉大(北信越1)は全員が成功。連覇の夢はファイナルを目前に、儚くも潰えることになった。 「何かの縁というか、ずっと自分を試されているような感覚でした」。 シーズン終盤はことごとく『11メートルの1対1』を突き付けられてきた。リーグ無敗優勝が懸かった関東大学リーグ1部最終節の流通経済大戦。1-1の状況で迎えた後半29分に、チームはPKを献上。だが、上林は完璧なセーブでボールを弾き出すと、そこから3ゴールを重ねた明治大は堂々と偉業を達成する。 インカレに入っても、その流れは続く。引き分け以上で突破が決まるグループリーグ最終節の関西学院大戦。お互いにスコアを動かせない展開の中で、後半アディショナルタイムに明治大はPKを与えてしまう。決められれば大会からの敗退を強いられる極限の状況。ところが、ここでも上林は執念のビッグセーブを披露。チームを絶体絶命の大ピンチから鮮やかに救い出す。 準々決勝で向かい合ったのは、1年にわたってしのぎを削り続けてきた最大のライバル・筑波大。延長も含めた120分間を戦っても決着はつかず、勝敗の行方はPK戦に委ねられる。すると、上林は相手の1人目のキックを気合でストップ。襲ってくるプレッシャーをものともせず、とにかく明治大に勝利をもたらしてきた。 自分と向き合い続けてきた1年だった。これまでのサッカーキャリアを懸けて臨む覚悟を定めていた、大学ラストイヤーとなる今シーズン開幕前に、もともと脱臼癖のあった肩の手術を葛藤の末に決断。短くない時間をリハビリに費やすことになる。 「最上級生で、副主将として、相当な覚悟を持って挑んだ今年だったんですけど、その意欲をくじかれるような形でケガから始まって、『弱い自分を見せないように』という立ち振る舞いは意識してやっていましたけど、やっぱり気持ちをプレーで見せられないことは心苦しかったですし、初めての手術ということもあって、痛すぎて寝れない時もありましたし、その日々を振り返るとやっぱり苦しかったですね」。 チームメイトがピッチで躍動する姿を、眺めることしかできない日々。はっきり言って心が折れそうになったことも、一度や二度ではない。そんな上林を支えていたのは、やはりこの組織で切磋琢磨し続けてきた、かけがえのない仲間の存在だった。 「やっぱり明治への感謝の気持ちが支えてくれました。『明治に恩返ししたい』『後輩に何かを残したい』という感情が強かったので、そういう想いを常に持ちつつ、『自分に何かできることはないか』と思いながら、日々を過ごしていました」。 「特に支えになったのは主務の藤本颯真(4年=神戸U-18)の存在で、彼が自分の置かれた立場の中で、心の底から尊敬できるぐらい明治のために動いてくれる姿を見て、自分もケガをしているからといって、折れているわけにはいかなかったですし、そういった同期の想いや姿を見て、奮い立たせられるところはありましたね」。 戦列に復帰したのは9月の総理大臣杯。以降はそれまでバトンを繋いできてくれた藤井陽登(3年=矢板中央高)や韮澤廉(4年=青森山田高)をはじめとしたGK陣への感謝を胸にゴールマウスへ立ち、それまで蓄えてきたエネルギーを存分に解き放ちながら、チームの結果に貢献し続けてきた。 日本一だけを見据えて臨んだ、大学最後のインカレ。明治大の守備陣はグループリーグの3試合をいずれも完封で勝ち上がると、準々決勝も準決勝もクリーンシートを達成。実に5試合、510分間にわたって無失点を貫いたが、最後はPK戦での敗退。一度もゴールを奪われることのないまま、大会を去ることになった。 「1人目のキッカーは日大戦の映像も見ましたし、総理大臣杯で筑波とPK戦をやった時の映像も見たんですけど、キーパーを見られて、動くタイミングも難しかったですね。あのPKを見ている感じでは、どの選手も相当練習してきたんだと思います」。まずは相手を称えながら、上林は自分にベクトルを向け直す。 「自分の日常の積み重ねで、もっと何かできた部分があったのかなと思います。いろいろなものを積み重ねて努力してきた自負はあるので、これまでの成果が出たことで、PKを止めてきた3試合があったんですけど、最後にチームを勝たせられなかったのは自分の責任ですし、自分の力不足だなと改めて思っています」。 来月からはアカデミー時代を過ごしたセレッソ大阪に帰還し、プロサッカー選手としてのキャリアを歩み出す。 「憧れ続けていた舞台ということもあって、自分がいざそこに飛び込むとなると、実感が湧かないところもありますけど、またセレッソのクラブハウスに通ったり、あのエンブレムを背負って日々練習したりすると、少しずつ実感が湧いてくるんでしょうね」。 明治の看板を背負って戦い抜いた4年間は、間違いなくこれからの自分を支える自信の礎になる。目指すのはセレッソを代表する、そして日本を代表する絶対的なゴールキーパーだ。 「自分はもう1年目のスタートからキム・ジンヒョン選手を食って、絶対に試合に出てやるんだという強い覚悟を持って来シーズンに挑みたいです。それだけの日々をこの明治での4年間で過ごしてきましたし、良いものを積み上げてきた自負があるので、それがどこまで通用するのか楽しみでもありますし、絶対に試合に出てやろうと思っています」。 「その中で日本代表も目指していますし、拓殖にいた関根(大輝・柏レイソル)みたいにデンソーカップで一緒にやっていた選手が、A代表まで行っているので、自分もそういったところに割って入っていきたいですし、ゆくゆくはそうした舞台で戦う選手になりたいなと思っています。でも、やっぱりとにかくセレッソをリーグ優勝させるというのが自分の大きな目標であり、大きな夢ですね」。 この日、わずかに届かなかった数センチは、無限の可能性が詰め込まれた未来へと繋がる大きなのびしろ。明治の守護神から、桜の守護神へ。これまで出会ってきた多くの人の想いも背負い、上林豪は目の前に現れる成長へと続く扉を、1つずつ、丁寧に、力強くこじ開けていく。 (取材・文 土屋雅史)