「ドリブルのミスは成功の布石」松井大輔だからこそ分かる久保建英の技術。一瞬生まれた3つ目の選択肢【特集:松井大輔のドリブル分析】
アテネ五輪やFIFAワールドカップに出場し、リーグ・アン(フランス)でも活躍し、2023シーズン限りで現役を引退した日本屈指のドリブラー・松井大輔は、現在のサッカー日本代表で活躍する選手たちのドリブル技術をどのように分析するのか。わずか数秒のプレーに、トップレベルで戦ってきた松井だからこそ見えるものがある。(分析:松井大輔、構成:川原宏樹) 【動画】松井大輔が分析した久保建英のプレーはこちら
●松井大輔が日本代表のドリブラー3人を分析する 現在の日本代表はタレントがそろっています。特に、サイドやトップ下を担う2列目の攻撃陣に多く、それぞれ特長も違って多彩です。今回は僕が得意だったドリブルにスポットライトを当てて、ピックアップした選手のプレーを解説したいと思います。 本当に多くのタレントがいるので誰をピックアップするか迷いましたが、編集部とも相談して久保建英、三笘薫、伊東純也を選ばせてもらいました。 まず簡単にそれぞれの印象について話します。 久保はドリブルもさることながらパスもうまいし、シュートもできます。サイドだけでなく中盤の仕事もでき、トップ下を務めることもできます。タイプ別に括ると香川真司も同じタイプになるでしょう。歴史的に日本はこのタイプの選手を多く輩出してきており、宝庫と言えるかもしれません。 続いて、今回は残念ながらメンバーから外れてしまった三笘と伊東ですが、それぞれ大きな特長を持っています。 まず三笘についてですが、ドリブルに関して言えば頭ひとつ抜けていますね。世界最高峰で特にインテンシティの高いプレミアリーグで、あれだけの活躍している実績は素直にすごいと思えます。彼のドリブルには論理的なものと感覚的なものがあります。相手をこの型にはめれば絶対に抜けるというロジックを持ってプレーしているかと思いきや、インスピレーションに身を任せた自身の感覚でプレーしている場合もあります。 一方、右翼を務めること多い伊東の魅力は、やっぱりスピードです。とにかく速いので、相手を抜き去るときにあまりフェイントを必要としないタイプです。加えて、しっかりとディフェンスに戻ることも惜しまない献身型のサイドアタッカーと表現できるでしょう。 このように少し特長を分析しただけでも三者三様で、ドリブルが得意と括ってもそのタイプは全く異なります。このようにそれぞれの個がそれぞれの特長を持ち、それをうまく発揮し合うのが今の日本代表が持つ魅力のひとつなのではないでしょうか。 久保、三笘、伊東、それぞれの特長を簡単に解説しましたが、ここからはそれぞれをさらに細かく解説していきます。今回は久保のプレーを深掘りしましょう。 ●久保建英は「メッシの系譜」。いいパスを出せる理由をひも解く 先述のとおり、久保はドリブルだけでなく、パスやシュートといったすべてのプレーが高品質な選手です。ドリブル時の姿勢がいいので、視野を広く保つことができます。それがいいパスを供給できる要因のひとつになっています。伊東のようなスピードや三笘のようなアジリティに優れているわけではないので、必然的にパスを主体とした前進を好みます。加えて、パスあるいはシュートという選択肢で相手を釣ってドリブルを仕掛けることもあります。 そういったプレースタイルには、リオネル・メッシの系譜を感じさせます。メッシにはドリブルの印象が強い人も多いとは思いますが、縦方向にパスを当ててリターンパスをもらいゴールに迫っていくプレーが得意パターンのひとつになっています。久保も同様のプレーを好むので、若かりし頃にお手本としていたのかもしれません。メッシのようにディフェンスラインと中盤ラインの間でボールを受けるプレーも得意とし、状況がよければそこからターンしてワンツーでゴールへ迫るといった場面はみなさんも容易に想像できるのではないでしょうか。 また、久保には的確な状況判断とその早さという特長もあります。そういった久保の特長は、ラ・リーガ第25節マジョルカ戦でのゴールシーンにも表れていました。 ●久保建英の真骨頂「ミスをどうリカバリーするか」 相手ゴールまでの距離が40m付近でディフェンスラインの手前でボールを受けた久保は、縦方向に走る自身のスピードを落とさないようにボールを運び、相手との距離を詰めていきます。先にも挙げましたが、久保はスピードに長けた選手ではありません。それ故、相手をドリブルで抜き去ろうとするときには、先にスピードに乗っているほうが有利になります。このシーンでもそれを実践していています。逆にいえば、自身も相手も止まった状態から仕掛けても、スピードやアジリティに勝るわけではないので、三笘や伊東と比べると相手を抜き去れる可能性は低くなるでしょう。 次に、対峙した相手の姿勢や視線に注目してください。相手はボールではなく、対峙する久保の身体を見ています。それほど多いタイプではありませんが、このように身体の動きを見てリアクションを早くしようとする選手は稀にいます。仕掛けの初動となる身体の動きを注視して、いち早く防ごうとしてきます。余談ではありますが、このタイプと対峙するのは個人的に苦手で抜きにくかった印象が残っています。 極論でいうと、ドリブルで抜くときは右に行くか、左に行くかのどちらかしかありません。この久保と対峙した相手もその論理に従って、左右どちらかへ早く動ける準備をしながら久保の身体の動きや重心を凝視していたはずです。おそらくは6~7割方は久保から見て右方向へ動ける準備をして、縦方向へ誘導して奪い取ろうと考えていたのではないでしょうか。 そのタイミングで久保はペナルティーエリア内に進入するのですが、そのときにやや斜め左前方へ少し大きくボールを運びます。この大きくなったボールタッチを本人に確認すると、ミスだったと言うかもしれません。しかし、このタッチがきっかけとなり、状況を打破します。 左右どちらかにボールが運ばれると思い込んでいた相手は、おそらく自分の足元に近づいてくるタッチを想定しておらず、重心が後傾となってしまいます。久保はその隙を見逃しませんでした。慌てて右足を出してくる相手の股下をシュートコースに定めて、得点を挙げたのです。 エリア内に進入してから大きめのタッチは狙った誘いなのか、自身のミスなのかはわかりません。ですが、その分析はさほど重要ではありません。なぜなら、サッカーはミスのスポーツだからです。どんなにうまい選手でもミスはします。ドリブルにおいては、ひょっとすると成功するほうが少ないかもしれません。重要なのはそのミスをどうリカバリーするかです。このときの久保の場合は、その後の相手のリアクションを見逃さずにシュートを決めました。その瞬間を見落とさず、的確に素早く状況判断をやり直すことができるのが久保の真骨頂だと感じています。 ここでひとつ伝えたいことがあります。 ●松井大輔の成功例「さまざまな布石を打ってきた」 ミスだからと切り捨てるのは、もったいないことです。久保の大きめタッチには、右や左だけでなく真ん中へ運ぶのも選択肢のひとつになるという発見があります。そういった発見は自身のイマジネーションを高め、ゆくゆくは自身のプレーの幅を広げることにもつながります。 実際に、海外にはボールタッチの大小を使い分けて相手を誘い出す選手がいます。日本では相手に奪われるリスクが高いと判断され、あまり好まれるプレーではありません。ですが、それを武器とする選手は自身のスピードとボールの距離感をよく理解しています。おそらく、小さい頃から試しながら磨きをかけて、自身の技まで昇華させたのでしょう。 加えて言えることは、ミスプレーも90分間の1試合を通してみると、成功の布石になる可能性があるということです。どんなにスピードに長けた選手でも毎回同じように縦方向への突破を仕掛けていれば、相手に読まれて対応されてしまいます。多くのプレー選択肢を持っているように見せて、相手を惑わすことが必要になるのです。それには時間を要することがあります。 実際に僕も1試合のなかでどうやって相手に勝つかと考えながら、90分間でさまざまな布石を打っていました。その成功例がFIFAワールドカップ南アフリカ大会のカメルーン代表戦で、最終的には1対1で勝って本田圭佑のゴールへつながるクロスを供給できました。まさに、あのクロスは90分間をかけて相手に勝った証でした。 このようにミスをミスで終わらせないようにすることこそが、サッカーという競技では重要になることのひとつだと考えています。 (分析:松井大輔、構成:川原宏樹)
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