[梶山正さん]妻・ベニシアさんを自宅でみとると決めた理由…医師に言われた衝撃的な言葉
インタビューズ
昨年6月に72歳で亡くなった英国出身のハーブ研究家、ベニシア・スタンリー・スミスさんは晩年、脳の病気を患い、グループホームや病院を経て最後は自宅に戻りました。夫で写真家の梶山正さん(64)は、「最後は彼女らしく生きてもらいたい」と、旅立つまでの9か月間、訪問診療などを受けながら、自宅で介護する道を選びました。21日は、ベニシアさんの命日です。(聞き手・松本由佳) 【写真3枚】懐かしのベニシアさん 京都・大原の築100年を超える古民家で、花に囲まれ、ハーブを摘み、パンをこねる
やせこけて体重は37キロ
――グループホームで過ごしていた2022年8月、ベニシアさんは新型コロナウイルスに感染し、肺炎を発症しました。 グループホームから電話を受けて、彼女が運ばれた日本バプテスト病院に駆けつけました。ストレッチャーに寝かされたベニシアはやせこけて弱っていた。面会ができなかったひと月の間に60キロ近くあった体重が37キロまで減って、ほとんど口がきけなくなっていました。しばらく入院することになったんですが、こんなふうになったのは、無理やり施設に入れた僕のせいやと、自責の念に駆られました。 翌々日、病院から来るように言われてベニシアを森に囲まれた駐車場で散歩させていたら、リハビリ担当の理学療法士だけでなく、看護師や栄養士、それに医師までやってきて僕らを囲みました。先生は「ベニシアさんは帰りたがっています。自宅で看護したらどうですか」と言います。「でも仕事もあるし……」と僕が渋ると、「仕事なんて辞めたらいいじゃないですか」って言うんです。びっくりしました。 ベニシアはPCA(後部皮質萎縮症)という脳の病気でしたが、診察を受けてみたら病状はだいぶ進行していて、専門医から「長くはない」と宣告されました。グループホームに入ってから、ベニシアは英語しか話さなくなった時期もあって、人との関わりがなくなってしまったのではないかと考えていました。しかし、バプテスト病院では、医師、看護師、理学療法士など、様々なスタッフが彼女のところに集まってくれて、人を信じていいんだと思った。人間って生きている限り希望があるんやと。その気持ちをもって、人の手を借りながら、ベニシアと最後まで関わろうと思ったんです。 ――「正、正……」と、病院でベニシアさんはずっと梶山さんを呼んでいたそうですね。 ベニシアが小さい頃に両親は離婚して、お母さんはそれからも何度も恋をして、そのたびにベニシアは新しいお父さんになじもうと子供なりに努力していたんです。でも、いい人だと思った頃にはお母さんは他の人に恋して……。その繰り返しでした。 頼りになるお父さんがいなくて、ベニシアは寂しかったんでしょう。愛に飢えていたんやと思います。だから人を愛した。そして誰からも愛されたかった。でも一番、僕に愛されたかったんです。ベニシアが病気になるまで、僕はそれがよく分からんかった。ほかのところばかり見ていて。仕事で成功したいなどと思ってたけど、今考えれば、何もやってねえじゃんと。ただベニシアのせいにしていただけで、自分中心な考え方しかしていなかった。逃げていたんです。退院したら彼女を連れて帰ろう、そう覚悟を決めました。