「イッカク猟の文化は消えようとしています」、捕獲枠に翻弄されるグリーンランド先住民
「生物学者は猟師から学ぶべき」、伝統的なイッカク猟を営んできたイヌフイットたちの声
フィヨルド周辺の村々に、約700人のイヌフイットが暮らしている。 イヌクトゥン語を話すイヌフイットは自分たちのことを、カラーリット語を話すグリーンランド先住民の多数派であるイヌイットとは文化的に異なる集団と見なしている。言語、歴史、文化の違いがあるにもかかわらず、デンマーク政府もグリーンランド自治政府も、イヌフイットを独自の先住民族とは認めていない。 【動画】イッカクは牙で叩いて魚を捕る カーナークがイヌフイットの定住地になったのは1953年のこと。当時グリーンランドを植民地にしていたデンマーク政府が、100キロ以上南にあった伝統的な集落ウマナックに米軍基地を建設するため、そこで暮らしていたイヌフイットをカーナークに移住させたのだ。 この強制移住により、イヌフイットは伝統的な狩猟域の一部から締め出されたが、カーナークにも地の利はあった。ここのフィヨルドには春から夏にかけて、多くの地元民が「キラルッカト」と呼ぶイッカクがひしめくのだ。 だが、「イッカク猟の文化は消えようとしています……捕獲枠のせいで」と話すのは、カーナークの猟師で音楽家のアレカツィアク・ピアリだ。
「彼らはろくに知りもしない動物の頭数を調べようとしている」
2017年以降、国際自然保護連合(IUCN)はイッカクを絶滅の危険性が低い「低危険種」に分類している。グリーンランド自治政府は2006年からイッカクの牙の輸出を禁止してきたが、自治領内ではマッタク(イッカクの皮とその下の脂肪層)と牙の取引は許可されてきた。自治政府の漁業狩猟省は、特定の地域で狩猟を職業にしている人が年間に捕獲できるイッカクの頭数の上限を定めている。 同省は、グリーンランド自然資源研究所の推定する個体数に基づき、カナダとグリーンランドがイッカクとシロイルカを共同で保護・管理するために設けた委員会(JCNB)が科学調査に基づいて推奨する捕獲数を目安にしつつ、グリーンランドの漁業・狩猟従事者組合(KNAPK)の組合員の要望にも配慮して、年間の捕獲枠を設定している。 自然資源研究所が2007年と19年の航空調査を基に出した最新の推定では、イングルフィールド湾にいるイッカクの数は2000~6000頭だ。JCNBは2024年の捕獲枠を前年の84頭からおよそ50頭に減らすよう推奨したが、漁業狩猟省は84頭に据え置いた。 多くの猟師は、個体数の推定プロセスから除外されていると感じ、研究所が出す数字を信用していない。「彼らはろくに知りもしない動物の頭数を調べようとしているんです」と、この地域で65年の人生の大半を猟師として暮らしてきたイエンス・ダニエルセンは通訳を介して話した。自治政府は捕獲枠を増やすか、完全に撤廃すべきだと主張する猟師もいる。イヌフイットは自分たちの土地を自分たちの手で管理したいのだ。 「私たちは獲物となる動物と1年中暮らしています」とイヌフイットのキッラク・クリスチャンセンは言う。「生物学者は個体数を調べたいなら、猟師を訪ねてじっくり付き合い、猟師から学ぶべきです」