映画『インサイド・ヘッド2』が教えてくれる自分を大事にする方法【今祥枝の考える映画】
BAILA創刊以来、本誌で映画コラムを執筆している今祥枝(いま・さちえ)さん。ハリウッドの大作からミニシアター系まで、劇場公開・配信を問わず、“気づき”につながる作品を月1回ご紹介します。第29回は、『トイ・ストーリー』シリーズなどで知られるピクサー・アニメーション・スタジオによる大ヒット映画の続編『インサイド・ヘッド2』です。 映画『インサイド・ヘッド2』新たな仲間も加わった思春期の頭の中(画像)
■まっすぐで純粋だった子ども時代から、複雑な感情たちが新たに加わる"思春期"へ 読者の皆さま、こんにちは。 最新のエンターテインメント作品を紹介しつつ、そこから読み取れる女性に関する問題意識や社会問題に焦点を当て、ゆるりと語っていくこの連載。第29回は、2015年に公開されて大ヒットしたピクサー・アニメーション・スタジオによる映画の後日譚を描く『インサイド・ヘッド2』です。 誰の頭の中にも広がっている感情たちを、カラフルでユニークなキャラクターに擬人化して描いた『インサイド・ヘッド』。主人公のライリーがこの世に生まれ、様々な感情を体験しながら成長する姿を描いて、子どもから大人まで、多くの人々の共感と感動を呼びました。その続編である『インサイド・ヘッド2』では、高校入学を控えたティーンエイジャーに成長したライリーが“思春期”に突入します。これが、どれだけ大きくてややこしい変化をもたらすのか、想像がつきますよね! これまで、ライリーの中にはヨロコビとカナシミ、ビビリ、ムカムカ、そしてイカリの感情が存在しました。しかし、ライリーが憧れの高校のホッケーチームと一緒に練習できるキャンプ地へ向かう車中で、親友たちがぽろりとライリーだけが知らなかったことを口にします。 ライリーのテンションは、憧れのホッケー選手ヴァレンティナに会えるというウキウキムードから一転。かつてないほどの不安が押し寄せてきます。 もう、今までどおり、仲よし3人組で毎日ホッケーを楽しみ、これまでにライリーが作り上げてきた「私はよい友達」「私は(ホッケーの試合で)勝てる」「私はいい人間だ」という、まっすぐで曇りのない、ポジティブな信念だけで過ごすことはできない。“子ども時代”との決別です。 ■「自分だけ」が特別な存在でありたいと願う気持ちは誰にでもある ヨロコビたちに新たに加わったのは、シンパイ、ダリィ、ハズカシ、イイナーの4人の感情たちです。 ライリーが年上の高校生たちと会った時に湧き上がる、目まぐるしく変化する感情たち。脳内では、シンパイが新たなリーダーとして忙しなく動き回り、憧れや恥じらい、一方で面倒くさいといった様々な感情がライリーの心に波風を立てます。この感覚、きっと誰にでも覚えがあるのではないでしょうか。 ライリーは親友たちと距離を取るようになり、ヴァレンティナのようにクールな高校生たちの仲間入りをすることで、その感情の隙間を埋めようとしているかのよう。それまでの自分を否定するかのように、友達を雑に扱い、大人ぶったり、皮肉めいたジョークを言ってみたり。そして誰よりもホッケーが上手な選手になろうと思う向上心や野心はいいのですが、チームプレーの楽しさを忘れて、「自分だけ」が評価されようとして軋轢を生んでしまいます。 頭の中では、ヨロコビたちが大慌て。やさしくて友達思いで、「私はいい人間だ」という信念を10年以上もかけて大事に育てて「自分らしさ」の花を咲かせたライリー。しかし、今やライリーはその花を忘れ去り、別の自我を急速に成長させているのでした。 映像の楽しさもあるので、子どもでも観ていて飽きないのはもちろんですが、この続編では、より大人の心に響くものがあるように思います。 ライリーの戸惑いや、急激に押し寄せる感情の嵐を持て余し、イライラや不安、孤独といったネガティブな思いにとらわれてしまう過程を、あらためて映画を通してたどることで、私たちが忘れていた大事なことを思い出し、気づかされることがあるからです。 ■「自分らしさ」を形作るものについて考えることは、大人にこそ必要 私はこの映画を観ながら、「自分らしさ」を形作るものとは何だろうかと、あらためて考えてしまいました。いい年をして、今更アイデンティティうんぬんというのも、どうなのだろうかという思いもあります。同時に、一体自分はいつからライリーが感じていた純粋な思いや、よりよい自分であろうとするまっすぐな気持ちを忘れてしまっていたのだろうかと、はっとするものも。 こうやって文字で読むと、なんだか青くさいことを言っているように感じられるかもしれません。しかし、そうした普段は胸の奥深くに埋没している感情を揺さぶられ、純粋な感動を呼び起こす。それこそが、世界中の人々に愛されるピクサーの真骨頂ではないでしょうか。 人は、いつまでも子どものように無邪気なままではいられません(子どもが必ずしも無邪気であるとも限りませんが)。成長すること、大人になることは悪いことではないし、必然です。でも、もし今、あなたが何かしらの生きづらさを感じている大人であるならば、今一度「自分らしさ」を形作るものについて考えてみることは悪くないと思うのです。 本作のケルシー・マン監督は、「この映画は、自分自身を受け入れることをテーマにしています。ダメなところも含めて、自分を愛すること。誰しも愛されるために、完璧である必要はないのです。」と映画の冒頭で伝えています。 悲しみや嫉妬、焦りや後悔、ずるさといったネガティブな感情や体験もまた、私たちを形作る大切なもの。そうした感情たちをそっと抱きしめて愛することができたら、それこそが自分自身を肯定し、受け入れるという行為だといえるのではないでしょうか。 どんな自分も愛してあげること=セルフラブは、近年よく耳にする言葉です。セルフダウト=自己否定感に悩む人が多い現代社会において、セルフラブが大事だということは理解できますが、実際に実践しようとすると難しいものがありますよね。 でも、『インサイド・ヘッド2』に登場する感情たちの表情豊かで個性的なキャラクターたちを一人一人思い浮かべながら、自分の中の感情と向き合えば、シンパイは頑張り屋だな、ハズカシも悪くないよ、イカリも可愛いところがあるじゃないかと思えてくるような気がするのです。私は映画を観ながら、自然とそんなふうに思えて涙が込み上げてくるのと同時に、ふっと気持ちが軽くなったように感じられました。皆さんもこの夏、劇場で試してみてはいかがでしょうか。 『インサイド・ヘッド2』公開情報 <8月1日(木)全国劇場公開> 監督:ケルシー・マン 脚本:メグ・レフォヴ 製作:マーク・ニールセン 字幕版声優:エイミー・ポーラー、フィリス・スミス、マヤ・ホーク、ルイス・ブラックほか 日本語版声優:大竹しのぶ、多部未華子、横溝菜帆、村上(マヂカルラブリー)、小清水亜美ほか 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン © 2024 Disney/Pixar. All Rights Reserved. 【ライター 今祥枝/Sachie Ima】 『BAILA』『日経エンタテインメント!』『クーリエ・ジャポン』などで、映画・ドラマのレビューやコラムを執筆。 米ゴールデン・グローブ賞国際投票者。著書に『海外ドラマ10年史』(日経BP)。イラスト/ユリコフ・カワヒロ