小林陵侑「日本でも、ノルディックスポーツをカルチャーに」
ジャンプの新たな可能性に賭けてみたくて
距離にして150m近く――。斜面を滑り落ちる際の勢いを利用して、身ひとつで、空中を浮遊することができるスキージャンプ。それは、「空を飛んでみたい」という人類の夢を、もっともシンプルな形で体現できるスポーツかもしれない。スキージャンプ・ワールドカップで2度の個人総合優勝を果たし、2022年北京オリンピック男子個人ノーマルヒルで金メダルを獲得した小林陵侑さんは、世界で最も美しいジャンプの飛型の持ち主の1人とされる。強さと美しさ、その両方を兼ね備えた彼は、今年4月、それまで所属していた実業団を去り、プロに転向した。 【写真で見る】スキーとはまた違う雰囲気でかっこいい…! ストリートスタイルの小林陵侑を見る
「これまで、ジャンプの選手といえば、高校や大学を卒業後、実業団という形で会社に所属し、競技を続けるケースがほとんどでした。でも僕は、今までとは違うジャンプの新たな可能性に賭けたいと思いました。いちばんの目標は、スキージャンプの魅力や面白さを、もっと大勢の人に伝えていくこと。そのために何をしていくか、今はまだ、その方法を探っている最中です」 日本では、世界大会があるときだけ注目されるスキージャンプだが、ノルディックスポーツ発祥の地であるヨーロッパでは、競技人口も多く、その注目度は桁違いだ。陵侑さんが、初めて海外の試合に出場したとき、現地の人たちの熱狂ぶりには、度肝を抜かれたという。 「高校3年生のときに、ポーランドのワルシャワから車で2時間ぐらいかかるザコパネという街で開催されたワールドカップに、初めて出場したんです。そこでは、僕の師匠のノリ(葛西紀明)さんが大人気で、街を歩いているといろんな人に声をかけられて、『すごいな』と思いました」
ポーランドでは、試合後に選手と観客がディスコで盛り上がる
その初めてのワールドカップで、陵侑さんは、個人戦で7位に入賞。すると、それまで数百人しかいなかったインスタのフォロワーが、一晩で一気に1万人近くまで伸びた。 「それまで、自分の競技に誇りを持ってやってきたので、日本での人気とかはあんまり考えてなかったんですが、衝撃は大きかったですね(笑)。英語でコメントを書いてくれる人もいましたけど、ほとんどがポーランド語なのかな? 読めない言語で、色々書き込んでくれました。ジャンプという競技を通して自分に興味を持って、評価してもらえたことが、すごく嬉しかったです」 ポーランドでは、試合中の歓声やどよめきが、地響きのようになって空中まで伝わった。その観客との一体感に、体の内側からワクワクするような感覚を覚えた。 「ヨーロッパでは、試合が終わったあと、選手同士で集まってコミュニケーションを取るのが普通です。ザコパネでは『ディスコ』って看板があるお店にみんなで集まって、観客の人たちとも交流しながら、ワイワイガヤガヤ、ものすごく盛り上がりました。僕も、全然英語は得意じゃなかったんですけど、ヨーロッパの人たちも英語が母国語じゃないから、結構コミュニケーションは取れて、楽しかった(笑)。ヨーロッパでは、ノルディックスポーツが一つのカルチャーとして確立しているから、連盟はすごくしっかりしているし、選手を育成するやり方や、強化するための力の入れ方も、日本とは桁違いなんです。当時はまだ学生だったので、日本のノルディックスポーツの将来に思いを馳せたりはしなかったけれど、あのヨーロッパでの経験が、今回のプロ転向に、背中を押してくれた部分はあったかもしれません」