早大“7季ぶり六大学制覇”のウラに異色の「ピアニスト遊撃手」の存在あり…「偏差値75」全国屈指の超進学校出身・山縣秀(22歳)とは何者か?
ライバルとは違うオリジナリティあふれる守備
山縣選手のそれは、その対局にあるように見える。 彼の運動能力の中に搭載されている動きのバリエーションを、その場面、その場面でとっさに、自由に、繰り出して、それで結果に破綻をきたさない。 彼のオリジナリティが構築した「山縣メソッド」だから、真似しようとしても、なかなか真似できない。いや、真似しないほうがよいかもしれない。 山縣のとこに、打球飛ばないかなぁ。自然とそんな待ち方の気分になってしまう、そういうショートストップ。良い意味で、奔放なプレースタイルだから説明不能。10日から始まる「全日本大学選手権」の実戦で、ぜひ本物をご覧いただければ……と思う。 この1月、野球部激励会の会場で、山縣選手とちょっと話したことがある。 全国から高校野球界の腕利きたちが集まる早稲田大野球部で、ショート、セカンドのキーポジションをレギュラーとして守っていることを讃えたら、照れくさそうな笑顔で、「これからの自分には何が求められるんでしょう」……そんな話になった。 「君に期待されているのは、君にできることじゃないかな」 今まで以上に堅実な守り、それに、送りバントに進塁打、セーフティバントにセンター返し。できることの精度を、さらに上げること。 目立たないかもしれないが、欠かすことのできないつなぎ役。 「ああ、なるほどぉ」 「やってやります!」みたいな見かけの威勢の良さはなくても、内面の奥の奥には、「納得」を焚き木とした確かな火がパチパチと乾いた音をたてているように思えた。 ショートストップ・山縣秀が、幼いころからピアノの弾き手であることは、耳にしていた。話題が野球から横に逸れた時、そのことを思い出した。
10年以上のキャリアを持つピアニストの一面も
激励会の会場の一角に、ピアノが置いてある。 「ショパンも弾けるんだって?」 冗談半分に、盛った訊き方をしたら、 「あ、弾けますよ、やりますか!」 野球の話よりずっと反応が良かった。小学2年生から現在まで10年以上のピアノ歴をもつだけに、本当に弾きに行きそうな勢いだったので「いや、いいよ、いいよ」とあわてて止めた。 騒ぎになっては大変だと思ったが、今となってはそれはそれで、どこの野球部行事でも出会ったことのない、素晴らしいワンシーンになったのではと、内心、残念に思ったりしている。 この春のリーグ戦、2番・遊撃手として、12試合すべての全イニングに出場して、41打数15安打。打率.366のハイアベレージを残しながら、リーグ最高の犠打11をもマークした山縣秀遊撃手。 「早稲田のレギュラーだったら、ホームランぐらい打てなきゃかっこ悪い!」 そんな邪念が全く見えない「等身大」の勝負。その多くが、チーム72得点につながった。 「ケガで休んでる宗山が元気だったら、やっぱり宗山ですよ、ベストナインは」 どこかの記者のそんな声を、どう聞くのか、山縣秀。 「プロなんて……僕なんか、とても、とても」 謙遜して退いていた激励会の彼が、この春、出来たことがいくつもあって、次第にプロ志望に心が傾いている……そんな声が聞こえてきたのも、やはりある記者の方からだった。 いいんじゃないか、こころざしは高く掲げよう。今、私の中には、ある妄想が湧いてきている。 ある日、プロでいっぱしのショートストップにのし上がった山縣秀。月に一度の「山縣秀、試合前ピアノコンサート」。スタジアムだけに、置かれているのは「グランドピアノ」だ。 ショパンなのか、モーツァルトなのか。ユニフォーム姿で優雅に1曲奏でると、スタンドに一礼して、ショートのポジションへ颯爽と走っていく。 場内、割れるような拍手。スタジアムという戦場のピアニスト。幼い頃から野球、野球で、ウラが野球で、表が野球。そんな根っからのプレイヤーの中に、彼のような、あまり汗の匂いを感じない野球人がいてもいいんじゃないのか。 大谷翔平でも、長嶋茂雄でもない。今までの野球選手とはまるで違う、妙な「夢」を抱かせてくれる野球とピアノの二刀流が、今、音もなく現れようとしている。
(「マスクの窓から野球を見れば」安倍昌彦 = 文)
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