泥の紙幣(11月14日)
泥のついた1万円札が忘れられない。40年ほど前のドラマ「北の国から」に登場した。田中邦衛さん演じる主人公の黒板五郎が、トラックの運転手に手渡した▼中学を卒業して上京する息子を乗せてもらう謝礼だった。運転手は金策の苦労を察し、受け取ろうとはしなかった。汚れたピン札に、土と向き合い、懸命に生きる無骨な父親の愛情を見て取ったのだろう。北の大地で、貧しいながら時には衝突し合って愛を深める親子の物語。昭和の大作を代表する名場面として、ファンの心に刻まれている▼物価高もあって、懐に余裕のない若者は少なくないだろう。そんな世相を表してか、高額報酬をうたう「闇バイト」の勧誘が全国で後を絶たない。断り切れず強盗に加担する例も出ているというから、やりきれない。都会の犯行で逮捕された中には、地方出身者も。「生活費がなかった」「借金があった」…。漏れ伝わる動機のいくつかに孤独で無気力な暮らしが浮かぶ▼わが子を案じ続けるのは親の常。体を張ってお金を工面した先述の父のように。道を誤る前に、ひと声上げてほしい。懐かしい顔を思い浮かべて。目には見えない汚れのついたお金は、後悔だけを生む。<2024・11・14>