「異物であることを恐れず、“書くこと”だけは飽きない二人」逢崎 遊 ×村山由佳『正しき地図の裏側より』
『正しき地図の裏側より』で第36回小説すばる新人賞を受賞した逢崎遊さんは、六年前の同賞で初めて最終候補となり、今回見事リベンジを果たした。 選考委員である村山由佳さんは、その一部始終を目撃した一人だ。 自身も同賞出身である大先輩が、後輩の胸の内を受け止め、厳しくも楽しい作家道について語り合った。 【関連書籍】『正しき地図の裏側より』
構成/吉田大助 撮影/目黒智子
不完全という言葉を言い換えると伸びしろ
逢崎 写真撮影の時から優しく声をかけていただけて、ホッとしました。「まだ私と話すレベルじゃない。もう少し修業を重ねてから来なさい」みたいに言われたらどうしようと思って、昨夜は眠れなかったです。 村山 そんな!(笑) でも、そうか。選評の印象があったんですかね。 逢崎 はい。選評は〈欠点を挙げ始めるときりがない〉という文章から始まっていたので、今日は罵詈雑言を浴びるつもりで来ました。 村山 その後のことが言いたかったんですよ。〈欠点を挙げ始めるときりがない〉から始めると、読者さんたちは「えっ、それなのに受賞したのは何故(なぜ)?」となるじゃないですか。 逢崎 僕もそうなりました(笑)。ぜひお伺いしたかったんですが、選考会の様子ってどんな感じだったんでしょうか。今回は神尾水無子さん(『我拶(がさつ)もん』)との同時受賞でしたが、三対三で票が分かれたという話を聞いて危なかったぁと思ったんです。 村山 前回まで選考委員だった阿刀田高さんのかわりに、今回新たに朝井リョウさんと辻村深月さんのお二人が加わったんですね。選考委員の人数が奇数であればいやがうえにも勝負が付いてしまうんですけども、今回は三対三で、どちらも相譲らなかった。選考会はとにかく議論紛糾で、二時間半ぐらい話したんじゃないかな。議論が迷走したわけではなくて、お互いの持論をぶつけ合って埒(らち)が明かない。埒が明かないから最終投票にいきましょうとなったんだけれども、誰も意見を変えない。新人賞の受賞者は一人にすべきだ、それぐらい厳しいものなんだ、という思いはみんな持っていたんですが、ここまで話し合って、どちらの議論にもちゃんとうなずくところがあるのだから、二人を送り出すのがいいんじゃなかろうか、と。これだけ違うタイプの二人を送り出すというのも、この賞の面白いところだと受け取ってもらえるんじゃないかというところで、ようやく埒が明きました(笑)。私が逢崎さんを推したのは……いや、罵倒はしませんよ? 逢崎 今、ちょっと身構えていました(笑)。 村山 神尾さんの作品に関しては今すぐ戦えるというか、例えば文庫本の時代小説の書き下ろしシリーズの中にすっと紛れ込んだりしていても、一定の人気が得られるタイプだと思うんですね。賞の顔というものもあるから、きっちり出来上がっている才能を送り出すことも大事です。その一方で、不完全だし次で消えるかもしれないけれど、可能性を秘めた才能にチャンスを与えることも、これだけ長く続いてきたこの賞の役割じゃないか。不完全という言葉はネガティブに聞こえるかもしれないけれども、言い換えれば、伸びしろじゃないですか。小説的な目配りや技術なんていくらだって後から付いてくるわけで、一番大事なのは、自分が書きたいものはこれだ、と自分自身を牽引していく気持ちの強さだと私は思うんです。逢崎さんの作品は、そこが突出していた。この訳の分からないエネルギーに賭けてみようじゃないか、私はこの人を推そう、という感じだったんです。 逢崎 今日は罵倒されるつもりで来たのに、ありがたいです。 村山 私ね、人当たりはいいんですよ。文章だと、厳しい人になるみたい(笑)。