「トキューサ」よりも凄かった!? 西行の蹴鞠(けまり)の師匠「藤原成通」のトンデモ伝説
蹴鞠の名人といえば、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で人気となった「トキューサ」こと北条時房(1175-1240)が有名だ。ドラマに出てきた後鳥羽上皇との蹴鞠対決シーンを覚えている人も多いだろう。 【実際の写真を見る】まるでお洒落なルームシューズ 「蹴鞠(けまり)」に使用する靴
歴史上、蹴鞠の名人といわれた人物は他にもいる。意外なところでは、「百人一首」に登場する西行法師(1118-1190)もその一人。そして、その西行に蹴鞠を教えたのが「鞠聖(きくせい)」と呼ばれた藤原成通(1097-1162)である。 西行歌集研究の第一人者・寺澤行忠さんの新刊『西行 歌と旅と人生』(新潮選書)には、藤原成通に関する驚きのエピソードが紹介されている。同書から一部を再編集してお届けしよう。 ***
300回連続で蹴った「鞠聖」
西行の母は、監物源清経女であったが、この清経は蹴鞠の名手として知られた人でもあった。西行もまた蹴鞠の名手であったことは、堀部正二氏の研究によって明らかになっている。 藤原頼輔の『蹴鞠口伝集』に西行の説が5か所にわたって引用されているのである。この頼輔は歌人でもあるが、蹴鞠の方面では、藤原成通の弟子で、西行の同門である。すなわち藤原成通は、西行の蹴鞠の師であった。 蹴鞠は皮沓(かわぐつ)をはいた足で、鞠を蹴る遊びである。鞠は鹿の皮でできており、少し楕円形で、中は空になっている。
貴族の屋敷の庭に鞠場が設けられ、その四隅に桜、柳、楓、松などが植えられた。上鞠(あげまり)は8人で行い、それぞれ木の下に2人ずつ控え、1人が3度ずつ蹴って左の人に渡していく。鞠を地面に落とさず、足だけを使って、8人の間を次々に渡していくのである。上鞠では、鞠は人の顔の高さぐらいにしか上げてはいけない。 この後、個人競技に入る。その一つに員鞠(かずまり)がある。これは1人が鞠をいかに多く、連続してけり続けるかを競うものである。『古今著聞集』によると、藤原成通は、連続して300回蹴ったという。